第一章 朋希

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 面談のすえ、僕は調理師免許と高卒資格が両方取れる学校に、佳生は通信制高校への進学を目指すことになった。  以前、祖父の太一が話してくれた言葉が僕の背中を押してくれる。佳生にも聞いてもらいたいと思った。 「おじいちゃんは大工なんだ。工業高校を卒業してもう五十年以上やってる。でね、僕に話してくれたんだ」  息継ぎをしながら、頭のなかの言葉をなぞる。 「見よう見まねで覚えられる仕事もあるけど、簡単じゃなくて。学校行っといてよかったって。すぐに役立ったりはしないけど、道具の名前知ってるとなんかうれしいし、仕事はひとりでするもんじゃないって教わったんだって。同級生には違う仕事をした人もいたけど、それも進む先を選ぶきっかけだと思うから、全然無駄じゃない。僕にも、他にやりたいことができたらそれをやってもいいし、続けたければ続ければいいって言ってくれた」  自分に可能性があって何かを選択できる。それを信じられなければ、歩き出すことすらできない。不安な僕らを祖父の言葉が温かく包みこんでくれた。  夏休み期間も、ふたりで一緒に受験勉強をした。  たいていは佳生の家だが、自転車で図書館へ行く日もある。雨の日に仕事が休みになった祖父が、息抜きだと言って車で連れ出してくれた。僕がマイクに向かって注文したハンバーガーを、駐車場に停めた車の中で食べた。  最後の一日だけは「勉強しない日」とあらかじめ決めてあった。  特撮ヒーローの映画を観て、ショッピングモールの本屋や洋服屋をぶらつく。いつもならできるだけ避ける人混みも、音の大きな場所も、佳生と一緒なら平気だ。  子供っぽいかなと思った映画はおとなの人も多くてとても楽しかったし、「卒業したらこんな服を着てみたいかも」「早くスマートフォンほしいな」などと言いあっているうちに時間が過ぎる。棒みたいなドーナツを、歩きながら頬張った。  日が暮れた頃、家の近所の公園で数本だけ花火をした。もし絵日記の宿題があれば『勉強しました』としか書けないけれど、楽しかった夏休みが終わる。佳生が今日はありがとうと言った。また明日ね、と僕も笑顔で手を振った。    明日また学校で。  でも約束は守れなかった。
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