第一章 朋希

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 翌朝はすっきりと目が覚めた。前夜はうれしくてなかなか寝つけなかったけれど、身体にしゃんと力が入る感じがする。すぐにでもクラスに戻りたいが焦りは禁物と言われたので、保健室登校を続けながらできることをやろうと決めた。  夏休み中にしっかりと復習をしていたし、クラスのみんながノートやプリントを見せてくれて、中間テストを受けた。僕が登校できないあいだ、佳生がみんなに何を言ったのかは聞いていない。でも、おかげで授業の遅れを取り戻すことができた。受験にも間に合いそうだ。  規則正しい生活をしてぐっすりと眠れるようになり、落ちていた体力も回復した。祖母に心配をかけなくてすむのが、なによりうれしい。  佳生に食べさせたくて運動会の弁当を張り切って作った。味覚はいつの間にか戻っていた。  先生たちの心配をよそに、一つずつ積み重ねるような時間を佳生と共有する。  学校の花壇は後輩が引き継いでくれたので、僕はしばらく放置していた家の庭を手入れすることにした。  祖父はもともと盆栽が趣味だったが、僕が同居するようになってから鉢植えを手放し、大きくもない庭で花や野菜を育てていた。幼い僕は祖父にならって草花や土に触れるうちに表情が出るようになったそうだ。わずかな量でも収穫した野菜が食卓に並ぶことで、食べることが楽しみになった。  いろんなことを思い出しては涙をこぼす僕に、佳生は「気がすむまで泣きな」と言ってくれる。彼の前ではもうどんな顔も隠さなくてよかった。  僕が作る料理を一緒に食べていると、祖母は殊更うれしそうな顔をする。 「おいしいものを食べていれば大丈夫」  祖父の口癖が、気がつけば祖母の口癖になっていた。  佳生は一緒にいる時間が増えても、口数の少ない僕に会話を無理強いしない。その安心感からか、以前のように自分を卑下しなくなった。嫌われまいと気を使わないですむから、話すのが前ほど苦ではない。佳生の母親と顔を合わたときも、うちとけて話すことができた。    そうして季節が秋から冬になる頃、僕は元の教室に戻ることになった。クラスのみんなに歓迎されて、恥ずかしいけれどうれしい。 「おかえり朋希」 「ただいま……佳生」  僕の小さな声を聞きのがさず、彼はいつもの笑顔になった。
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