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13-1 抉り取られた痕・1
日和が攫われた翌朝、場の空気は変わらずどんよりとした空気で溢れ返っていた。
だけどそれも仕方がない。
日和は居てくれるだけで温かくなるような、太陽のような存在になっていた。
それは師隼や紫苑だけでなく、波音や夏樹達術士、更に日和が一時期入り込んでいた狐面にも浸透している。
そんな中で彼女の存在が居なくなってしまえば、ピースを失って完成しないパズルであったり、大事な屋根を失ってしまった積み木の城のようなモヤモヤとした、なんとも不愉快な気持ちがどうしても溢れてしまう。
特に安定さを失った空気は一箇所の部屋に集まっていた。
神宮寺家の執務室、その中心で二人の男が完全に言葉を失っている。
「……」
「……」
一人の男は椅子に身を投げ、頭を抱えて天井を仰ぎ見る。
いつも口から出るため息すらも出ない程に、その心は痛ましさを感じていた。
ソファーに座り、両手で頭を抑えながら前傾になる男の顔は床に向く。
約束の為に散々口に出していた言葉が結果に出ず、どうしてこうなってしまうのか――と後悔を繰り返した。
見える姿は相反しているが、二人は揃って同じ事を思っている。
金詰日和が連れ去られてしまった。
防げないと分かっていても、いざ実際に危惧していたそれが行われると心が酷く傷む。
『無力』
その一言で片付けられてしまう事実が余計に心を焦燥させる。
「今すぐ迎えに行きたい」
俯く男が口にした。
「今すぐ枕坂を焼きたい」
仰ぐ男が呟いた。
その両方がすぐには叶わないとは分かっていても、どうしても口に出したくなる。
何度も何度も思っている事なのに、今はまだ行動に移すことができない。
そのもどかしさに更なる焦燥が湧いた。
「はあ……腹が立つわね、この空気。こうなるって、分かっているんじゃなかったの?」
その空気を裂くように、辛辣な女の声が室内に響く。
この場でこんな事を言えるのは一人しかいない。
波音は師隼に気負うので違う人物だ。
黒い闇を侍らせた魔女の可能性もあるが――今回は篠崎の術士として居るものの、枠に囚われない女性、宮川のりあだった。
「……ああ、分かっていた。分かっていたさ。だが、彼女を失うのは痛すぎる」
天井を仰いでいた師隼はがっくりと肩を落とし、のりあに視線を向ける。
「そうね。おかげで少し妖が出たみたい。小鳥遊夏樹と水鏡波音が向かったわ」
「……そうか」
師隼は鬱々しげにスマートフォンを開く。
確かに、波音が妖を見つけたとアプリに知らせていた。
「私の疑似結界が逆に利用されたわ。枕坂駅から商店街の奥の方へ繋がるようになっていた。簡単に言えばワープホール、かしら。……だめね、相手が電気系統だとどうしても弱点を突かれた形になるわ」
のりあはいつも苛立たしげにしているが、今回は少しだけ雰囲気が違う。
逆に利用された事に腹立てているのか、単純に褒めているのか、それとも弱点を突かれた事に諦めているのか悔しいのか、もしかしたらその全てかもしれない。
そんな複雑さを感じた。
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