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「おそらく、繁殖期のフェネットから発せられる香りに、催淫効果があるんだ」
イードは窓という窓を開けて換気しつつ、さらなる用心のため、新しい布で鼻と口を覆った。
「より繁殖率を上げるために備わった性質なんだろうけれど、実によく出来てるよ。これでは、巣篭もりが必要なはずだ」
発情期の間、フェリチェを隔離するより他あるまいとイードは結論する。
「……イードがおかしくなったのも、そのせいだと言うのか?」
フェリチェがじっとりと不信の目で睨みつけると、イードは少しばかり首を傾げた。
「なんて答えるべきかな。そうだ……って言っても言い訳にしかならないし、君を魅力的だと思っているのは、なにも今日に限ったことじゃないからなあ」
「んっ!?」
「ん? どうかした?」
「……お前、フェリチェのこと……」
好きなのか?
どう思ってる?
……と、直球で尋ねるのは照れ臭くて、言葉が続かない。ならば、幻惑の中の世迷言から探りを入れてみようと、フェリチェはカマをかけてみた。
「あ、愛してるって言ったのは……何だったんだ?」
「ああ、あれは……」
イードの次の言葉を待つだけで、なぜ鼓動が速くなるのか……。その理由も彼の答え次第でわかるような気がして、フェリチェは不安と期待がごっちゃになった緊張感で、まともに息さえできなかった。
「昔に流行ったアンシア歌劇の一幕で、そんな台詞があったなあって思い出してさ。使い方と意味は間違ってなかったよね?」
「……歌劇の台詞」
「アンシア語の愛の言葉は、それくらいしか知らないからさあ」
「そう、か……」
ほっと撫で下ろした胸のどこかで、がっかりしている自分がいるのに気付いて、フェリチェは大きく頭を振った。発情期の匂いとやらは分からないが、少なからずおかしくなっているのだと、血迷った考えを締め出した。
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