序章 失恋したけど、めげるものか。花婿を狩りにいくぞ!

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 放り出された断罪の剣にフェリチェは手を伸ばした。  たいして使い込まれてもいなさそうな豪奢な柄を、革のグローブ越しに握り込むや、フェリチェの手首に衝撃が走った。不意に現れた何者かに手首を叩かれたのだ。  剣を取り落としたフェリチェの前には、彼女を庇うように青年が立ちはだかっていた。  青年の頭には、草木染の飾り布が巻かれ、短い髪の間からはフェネットの耳がピンと覗いている。フェリチェの鼻先で、白く細長い尾が揺れた。 「ルタ」  幼い時分より護衛として影に潜み、何かあれば颯爽と駆けつける青年を見上げれば、彼はフェリチェに一つ頷くのみ。静かにレナードに歩み寄った。 「な、なんだっ……フェネットの使用人風情が、僕に触れようものなら父上に言いつけてやるからな!」  フェネットの磨かれた爪は、岩をも切り裂く。眼光鋭く近づいてくるフェネットの戦士に、温室育ちの坊ちゃんは情けなくも身を竦ませながら虚勢を張った。  ルタは身を低くしながら、ほんの刹那レナードを虫けらでも見るような目で睨み据えると、すぐさま面を伏せて両手を掲げた。 「姫の非礼をお詫び申し上げます。こちらは長より預かりしフェネットの誠意。どうぞお納めください」  ルタが差し出したのは、絹布に包まれた見事な髪の一房だ。フェリチェと同じ白雪色の、豊かに波打った柔らかな髪だ。 「おお! フェリクス殿の! ふむ、詫びとして不足ない、素晴らしい品だ。これならば向こう一年は遊……いやっ、療養に専念できそうだ!」 「お気に召していただけたようで……それでは、これにて姫とのご縁はお忘れいただき、今後一切その名を口にされませんよう、お約束いただけますか?」  フェリチェには、ルタの頼もしい背中しか見えなかったが、どういうわけかレナードの顔は真っ青だった。 「ひっ……! し、承知した……」 「さすが、レナード殿はたいへん聡明で、理解のある素晴らしい御方でございますね。これでわたしも安心して里に帰ることができます──さあ、姫。帰りましょう」 「待って、ルタ。わたくし、まだこの破廉恥男に言いたいことが……!」 「帰りますよ」  ルタは問答無用でフェリチェを担ぎ上げると、風を切って人混みを駆け抜けた。フェリチェの罵倒は風切り音に飲まれ消えていく。  花も草木もフェネットに敬意を示すように、道を開けた。街はあっという間に豆粒ほどに小さくなって、里の麓に来たところでフェリチェはようやく地に降ろされた。
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