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※ ※ ※
「おお、帰ったか、フェリチェ。ルタも、ご苦労だった」
眩い白銀の髪はフェネットの誇り。豊かな髪は、強さと気高さの証だ。
里長ともなれば、その美しさは雪をかぶった峻峰が朝陽を照り返すが如く、神々しいまでの輝きを放つ。幾束にも分けて結い上げた髷の太さが、猛々しさと威厳を示し見せ、居並ぶ者を自然と跪かせる。
その髷の一房がばっさりと切り落とされているのが、フェリチェの目には痛々しく映った。己の愚かしさが悲しくて、フェリチェは年甲斐もなく父の膝に縋りついた。
「ごめんなさい。わたくしが愚かだったばかりに、お父様の美しいおぐしが」
「よいよい、あの放蕩息子との手切金と思えば安いものだ」
「だけどどうして? どうして、フェリチェを止めてくれなかったの?」
「アレがそういう男だと告げれば、お前は立ち止まったか? わたしにはそうは思えなかったがな。事実、奴にお前の絵を描かせるなと諭したこともあったはずだが、その時お前はどう思った?」
「お父様は娘が可愛くて、男と会っていることが面白くないのだと思っていました」
「そうだ。そしてお前は何も疑わず、嬉々として似姿を描かせた。ルタ、あれをここへ」
別室から滑車のついた籠が運ばれてきた。キャンバスが山と積まれている。
「これはあの男が描き、画商に売り付けていたお前の絵だ」
最低な男でも、絵の腕だけはまことに優れていた。フェリチェの爛々と輝く若葉色の瞳の煌めき、花も綻ぶ可憐な笑みが、鮮やかかつ繊細にキャンバスに描かれている。
野を吹く風とレナードの匂いが思い起こされ、胸が締め付けられてフェリチェはそれらを直視できない。しかしフェリクスに強く促され、しぶしぶ絵の一枚一枚に向き合った。
ニ、三枚ほど見た後で、フェリチェは描かれた己の姿が何かおかしなことに気がついた。
やたらに薄着にされている。四枚目以降など、もはや衣服と呼べるものを身に付けてすらいなかった。
「フェ、フェリチェはあの男の前で脱いだりなんか……」
ルタも当然のように頷く。
レナードに会えるとなったら、フェリチェはいつだって、前の晩からうんうん唸って決めた一張羅を着込んで出かけていたのだ。
レナードに見せてもらったスケッチは、フェネットの伝統的な刺繍の細部まで、丁寧に写し取られていたはずなのに……。キャンバスに描かれたのは、フェリチェのあられもない姿の数々だ。
一糸纏わぬフェネットの娘は、乞うような眼差しをキャンバスの中から投げかけてくる。淫靡な行いを恥じらいながらも、ほのかに開いた唇は悦びに震えているように見えなくもない。その淫らな唇から滴る唾液など、花蕾を濡らす朝露のように美しく描かれているのがレナードの才能の無駄遣いで、実に皮肉なものだ。
「フェリチェはこんな雌牛のような、だらしない胸じゃない! いやらしい顔もしない! スライムと交わったりなどしない! 不潔! なんなの、これは!」
一部の紳士に需要があるらしいが、フェリチェにとったら大迷惑だ。こんなものが出回っていたのだとしたら、もう街に降りられやしない。
「ルタが常に目を光らせて回収してくれたおかげで、これらは衆目に晒されずに済んだのだ。
誰かを思慕し恋情を抱くとは、時として眼を曇らせてしまうものだと、少々痛い思いをしてでも学んでほしかったのだ」
「よくよくわかりました。あの男は最低の屑で下衆でしたのね!」
気色の悪い絵を投げ捨てて、フェリチェは腕を組んだ。
「もう人間の男など信じない! 恋なんて懲り懲りです」
「それは早計だぞ、フェリチェ」
フェリクスはむくれた娘を膝に抱き、噛んで含めるように穏やかに語りかけた。
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