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痛いほど脈打つ鼓動のせいで、耳が言葉を間違えて聴いたのだと、頭の中にいる冷静なフェリチェが語りかける。しかし人族語ならともかく、耳に馴染んだアンシア語を聞き間違えるはずもなく、感受した音を蘇らせるほどにフェリチェの頬はより色を濃くしていく。
言葉は同じでも、レナードに言われた時よりもずっと胸が苦しくて、それなのに高揚する気持ちのわけを、フェリチェはまだ素直に受け入れる気になれない。
一呼吸置いて、気丈に声を張った。
『と、突然なにを仰いますの。そんな言葉一つで、わたくしが心を開け渡すとでも思ったら、大間違いですわよ』
「あれ、違った? 文脈的には合っているはずだけど。それとも発音がおかしかったかな? それなら、もう一回……」
滑らかな発音の『愛してる』が、耳から滑り込んで、尻尾の先まで撫でるように響く。
「ふ、ぇ……」
『君は本当に可愛いな』
「よ、よせ……立って、いられなく……」
震える膝の間から逃げ出した尾を、腰に回った手はすかさず追った。
捕まるまいと左右に振れる尻尾の先で、夕焼け色のリボンが翻る。その色が見えない今、ルタに助けを求めることもできず、フェリチェはただただ祈るしかできない。
すると、願いが通じたのか、玄関の戸が叩かれた。軽やかなノックと、扉の向こうから太いが温かみのある声が聞こえる。
「見回りで近くまで来たので、ご機嫌伺いに参りました。坊ちゃん、フェリチェ殿ー。いらっしゃいますか?」
藁にもすがる思いで、フェリチェは声を上げた。
「……グンタだっ! ほら、イードっ……グンタが来たぞ!」
「大丈夫だよ、ギュンターだから」
「何がだ!?」
気配はあるのに返事のない主人を、ギュンターが不思議がる様子が表から伝わってくる。
「ほらっ、グンタが心配してるぞっ……出てやらねば……」
『君とこうするために、俺は生き延びてきたんだ』
『イ、イ、イードさんっ! いい加減になさって!』
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