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抱きすくめる腕に力が込もって、ちっとも抜け出せない。程なく、困り果てたフェリチェの背後で、扉が躊躇いがちに開かれた。
「勝手にお邪魔して申し訳ない。坊ちゃん、大事ありませんか──……、えっ……!?」
可哀想に──、ギュンターが目にした光景といったら……。心配ゆえに無礼を承知で侵入したというのに、お仕えする主人はことに及ぶ一歩手前……といったところか。
しかも相手は、いつもギュンターを懐っこい笑顔で迎えてくれる、フェネットの乙女。それは内心では喜ばしいことであったが、驚いたのは娘の格好である。顔に巻かれた布は、ちょっと見にも、視界を奪うためのものとしか説明がつけられない。
ひとがいい、を体現した柔らかなギュンターの笑みが一瞬にして凍りついた。彼は今、いささか変わった趣向の情事を覗き見てしまった気分なのだ。
「こ、これは……失礼をいたしましたっ。お二人が既にそのような仲にあったとは……。出直して参ります。ど、どうぞごゆっくり……!」
「ちょ、ちょっと待て、グンタっ! 誤解だ! おいっ! お前の主人だろ、何とかしてから行け! 待て、グンタあああ!!」
慌てたギュンターは、珍しく扉を開け放したままで行ってしまった。無情にも、彼のしゃっきりした木々のような香りは、フェリチェの鼻からぐんぐん遠ざかっていく。
「おい、イード! グンタだが、どこが大丈夫だ!? 何かとんでもない誤解をしているぞ!」
「ああ……そう。いいんじゃない? 誤解じゃなくしてしまえば」
「いいわけあるか! いい加減にしろ! いつものイードに戻ってくれ!」
その時、玄関から吹き込んだ新鮮な空気が鼻を掠め、イードはくしゃみを一つした。
すると、フェリチェを捕らえていた腕が、これまでのねちっこさが嘘のように、潔く離れた。
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