外出禁止だ/嗅覚の研究

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「……俺、どうかしてた……ね?」 「フェリチェに訊くことか、馬鹿者!」  いつもの、のんびりした調子で確証なさそうに尋ねてくる声に、フェリチェは安堵するとともに苛立ちを募らせた。  体が自由になったのを幸いに、拳を振り上げ、ところ構わず叩きつける。 「イードの馬鹿者っ、もう知らん! 頼まれたって金輪際、触れさせてなどやらないからな!」 「いてっ、いたた……ごめんって、これにはわけが……」 「うるさいっ、黙れ!」  闇雲な拳でも、それなりに狙いすましたようにイードの胸を攻撃できている。だが彼に一番の打撃を与えたのは、叩きつける威力によるものではない。フェリチェの震えた握り拳、そのものだ。  イードは胸を打ち据えられる寸前で、フェリチェの拳を絡めとった。毛を逆立て、フェリチェは威嚇する。 「触るなと言ったばかりだっ……」 「チェリ。聞いて」  イードは引っ掻かれても、フェリチェの手を離そうとはしなかった。その意志は堅いが、先程までの強引さは欠片もない。片手は震える手をそっと包み、もう片方の手では固く結ばれた目隠しを外してやった。  しばらくぶりの明るい世界に、フェリチェは目をしばたたかせる。ぼんやりした輪郭がだんだん像を結ぶと、すっかり見慣れた、イードの均整の取れた顔が目の前に現れた。  変に笑顔で取り繕ったりしない、いつも通り……目の前の観察対象に注がれる真摯な眼差しがあるのみだ。その深い緑色の瞳の中には、再び泣き出しそうな、フェネットの娘が映り込んでいた。 「ごめん、怖かったね」 「……当たり前だ! フェリチェはいま初めての発情期で……、もし……、もしあのままだったらどうなっていたと思う。私生児をもうけることは、フェネットにとって最大の不名誉なんだぞ!」 「分かってる、ごめんよ。……何を言っても、無責任な男にしか聞こえないだろうから、俺から伝えられるのは観察結果だけだ」 「お前はっ、こんな時にもそんなことばかりっ……」 「聞いて。今後、チェリを守るために大切なことだ」  昔話をしている時でさえ見せなかった、真剣な眼差しで請われ、いつまでもわめいてばかりいられないことをフェリチェは悟った。息を整えて耳を傾けると、イードは小さくありがとうと微苦笑を零し、話し始めた。
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