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旅立ちの日、里の者総出で盛大に送り出され、フェリチェとルタはアンシア南方の港を目指した。
「本当にルタはついてこないの?」
「ええ。俺がいたんでは、つい手を出し口を挟みたくなりますからね。幸いユーバインは獣人に対する差別もなく、治安もいいそうですから。護衛も要らないんでしょう」
「だけど、ちょっと寂しいな」
幼い時からずっと一緒で、姿が見えずともそばに気配があるのが常だった。ルタの夕焼け色の瞳に、しばらく会えないのだと思うと、フェリチェの胸に迫るものがあった。
ごしごしと目の端を擦って、フェリチェは毅然と胸を張る。
「絶対に素敵な殿方を連れて帰ってくるから」
するとルタはどこか寂しそうに、くしゃりと笑った。
「元気な姿で帰ってきてくれれば十分ですってば」
やがて出航準備を告げる汽笛が上がり、港はにわかに騒がしくなった。
フェリチェもそわそわと荷を背負い直す。
「ああ、そうだ、お嬢様。アンシア語は海を越えたら通用しません。あちらでは、広く人族語が用いられていますが、言葉は大丈夫ですか?」
「心配いらないわ。お母様があちらから来たから、言葉は聞き慣れていたの。話すのはちょっと難しいんだけど、何とかなると思う」
「じゃあ、試しに何か喋ってみてくださいよ」
「いいわ、そうね……」
ルタに改めて別れを告げ、旅の意気込みなどを伝えようと、フェリチェは一生懸命に人族語を舌で転がした。
『フェリチェが海の向こうっかわでオスを狩っている間、父様のことをよろしく頼んだぞ。ルタも達者でな。……どうだ! 完璧だろう!』
(アンシア語訳:わたくしが旅先で運命を探している間、くれぐれもお父様のことをよろしくお願いしますわね。ルタも怪我などしないよう気をつけて、どうか元気でいてね。……どう! うまく喋れているのではないかしら!)
人族語も難なく話せるルタとしては、フェリチェのお粗末な言語に頭を抱えるしかなかった。果たしてこれで、まともに他人と関わりが持てるのか……いささか不安を抱きながら、ルタは姫の旅立ちを見送った。
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