8. 研究室へ、ようこそ

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8. 研究室へ、ようこそ

「先生ーー!!  今日って新四年生の着任日ですよね? 十三時集合予定じゃなかったかと」  奏歌(かなた)は教授室の入り口でそう叫んだ。  奥のデスクから本と書類がなだれ落ちる音に続いて、山南美涙(やまなみみなみ)がゆっくりと姿をあらわす。 「え、ああ、そうだった……。今年は何人だったっけな」  山南は、淡いグレーのニットと細身のパンツの上に、ロボット工学者では特に必要ないはずの白衣を羽織っている。  昨年、まだ発足して間もなかったSOEMA(ソーマ)プロジェクトが急遽解散したのに合わせるように、椎名斜生(しいなななお)が研究室を離れて他大学に異動したときに置いていったものらしく、背の高い山南には着丈も袖も足りていない。  なぜ椎名助教が突然転属になったのか、奏歌たち学生には詳しく知らされていなかったが、なにか複雑な事情があることだけはなんとなく皆に暗黙に了解されていた。 「ガイダンス用の試作機は?」 「大井さんが出してくれてます。私も手伝ってます」  奏歌は小走りに実験室へ向かう。  中ではヒューマノイド筐体にケーブルや送気チューブを接続して、動作チェックしている大井衣織(おおいいおり)の姿があった。 「やっぱり先生今日のこと忘れてる! 私たちで準備しといてよかったですね」 「美涙先生、斜生先生いなくなってから、ますますなんにもできなくなってるからな」  衣織がそう言いながら苦笑して立ち上がりながら、 「ほら、これでよし、と。セットアップ完了。さあ、挨拶の練習しな、ソーマ」  ソーマと呼ばれた試作機、SO05だった機体は、背筋を伸ばして奏歌のほうを見据えた。小さなモーター音とポンプのシューシューという規則的な音が響く。  やわらかい素材の顔の「筋肉」を器用に調整して朗らかな笑顔をつくると、握手を求めるようにそっと手を伸ばし、椎名斜生の声―なめらかなボーイソプラノで語り出す。 「はじめまして。志摩奏歌さんですよね? 山南研究室へようこそ」 (終)
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