第二章 そういう魔法は困ります

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 どどどど、という音と共に、女子生徒達が保健室になだれ込んで来た。 「ミカ殿は無事か」 「先生、門野ミカが半殺しの目にあったというのは本当ですか」 「いやいや、そんな大怪我ではない」 「皆の者、ミカ殿の仇を討つぞ!」  剣道部の女子達が竹刀を振り翳す。 「おお、ミカ殿、変わり果てた姿に」 「ちょっと、先輩、何ですか、そのミカ殿って? いつもはわたしのこと、ミカとかミカッチって呼んでるのに」  ミカは一体どうしたのよ、という顔をする。 「ミカ様、心配御無用。あとは我らにお任せを」 「我ら文机学園の女剣士、容赦はせぬぞ」 「ミカ様の敵、二、三十発引っぱたいてくれるわ」 「何ですか、そのミカ様って? わたしのことですか?」  そこへまた、どどどど、という足音と共に今度はユニフォーム姿でバットを抱えたソフトボール部の女子達が駆け込んで来た。 「おらおらおら、うちらがスカウトかけてる門野ミカをこんな目にあわせた奴はどこだ! 見つけたらただじゃおかねーぞ!」 「おーい、ソフトボール部、保健室でバットを振り回すな」  烏羽根先生が叱る。 「先生、ミカを傷付けた野郎を二、三十発ぶん殴ってやろうと思いまして」 「に、二、三十発?」 「うっす。うちらの部はミカを勧誘してるもんで。おい、みんな、試合だと思って気合入れていけよ」 「オー!」  烏羽根先生は、どうやら増幅の魔法が変な風に作用してしまったらしいと思い知らされた。  そこへまた、どどどど――。 「ミカねえさま、ミカねえさまぁー」 「ミカ姉さま、ああ、このようなお姿に」 「まだ中学二年生だというのに命を落とされるとは」 「こらこら一年生、門野ミカは死んでなんかいないぞ」  烏羽根先生はあきれ顔で告げた。門野ミカが女子に人気のある女子だとは知ってはいたが、これはまた大袈裟な。 「あれ? そう聞きましたけど、先生」  一年生達は首を傾げる。 「話がだいぶが増幅されているな」  そこへ更に、今度はうさぎさんやキリンさんといった、かわいいエプロンを身に着けた女の子達がどどどど、と駆け付ける。 「しまった、遅れをとったか」 「運動部連中に負けるわけにはいかん」  料理研究部の女生徒達がさらしにくるんだ包丁を取り出した。 「馬鹿、保健室で刃物を振り回すな!」 「先生、ご心配なく。わが料理研究部、日頃から包丁はよく研いでおりやす。確実に、下手人を仕留めてめいりやす」 「決して手抜かりはございやせん」 「二、三十回ぶっ刺してやりやしょう」 「馬鹿、馬鹿!」 「ところで帝を殺めた下手人はいずこへ」 「逃げたか」 「ちょっと待て、ちょっと待て! 何だ、その、帝を殺めたって」 「先生、ミカドが殺されたって聞きましたけど」 「ミカドじゃない。門野ミカだよ」 「えっ、中等部の門野が殺されましたか」 「だから殺されてないんだって。またまた話が増幅されてるな」 「で、結局、門野暗殺の犯人は何処へ逃げたんだ?」 「心配するな。学園の出入口は我ら弓道部が網を張っている」 「こらっ、弓道部、こんな所で矢をつがえるな」 「逃げ足の速い奴め、どこへ隠れた」 「どこへ逃げても逃げきれるわけがない。乗馬部随一の速さを誇る流星号を連れて来た」 「保健室に馬を入れるな!」 「ヒヒーン」 「見つけたらただではおかん」 「ひっぱたいてやる」 「ぶん殴ってやる」 「切り刻んでやる」 「ボコボコにしてやる」 「火炙りにしてやる」 「異議なし!」 「ヒヒーン」  こりゃ、えらい事になったと烏羽根先生は冷や汗をかいた。初めて試みた魔法がこんな事態を巻き起こすとは。  血気盛んな乙女達が気勢をあげる。ベッドの上でバットを振り回すやら、窓の側で竹刀を構えて危うく窓ガラスを割りそうになるやら。人体模型の骸骨をバラバラにするやら、烏羽根先生の大鍋をテーブルから落としそうになるやら。ミカのベッドはひっくり返りそうになり、包丁を持った生徒は先生に羽交い絞めにされる。身長測定器は倒され、体重計は踏んづけられる。馬はいななき、女の子は叫ぶ。ただでさえ狭い文机学園の保健室に、五十人以上の人間と一頭の馬が押し寄せたのだから、それはもう、身動きなんぞとれる訳がない。混乱は増幅され、押すな押すなの大騒ぎの中、烏羽根寧々子の、呪文を間違えるとは……という呟きは誰にも聴こえなかった。
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