第三章 名前の由来を話します

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第三章 名前の由来を話します

「とにかく、ここから退出せよ」  寧々子先生は命じた。髪はぐしゃぐしゃに乱れ、まるで風速二、三十メートルの風に首から上をかき回された様だ。 「門野、これ塗っとけば、明日には治る。まったくもう、球と靴が顔に当たって部屋がきゅうくつなんてシャレにもならん」  生徒達はあまりにも低レベルの駄洒落に力が抜けた。  とりあえず、門野ミカの怪我はたいしたことはない、という事だけはきちんと伝わった様だ。が、保健室の中は、散らかるというより壊れるという言葉の方が似合いそうなくらい。そんな大混乱のさなか、奇跡的だ、サッカー部の信田は無傷で逃げ出せた。 「先輩、わたし、一人で帰れますけど」  ミカは主張した。 「いやいや、ミカ殿、道中、何があるか分からぬゆえ」 「道中って、学校から孤児院まで3分なんですけど。そしてそのミカ殿ってやめて下さい」  ということで、ミカの周りを肩怒らせた少女達が囲み、殺し屋の様な目付きであたりを睨み付けながら学校の門を出る。買い物帰りの主婦は慌てて道を譲り、散歩の途中のポメラニアンは飼い主の陰に隠れる。 「高橋先輩、今日、アルバイトの日じゃなかったですか?」 「バイトなんかどうでもいい。私は貴女のことだけが心配なのであるから、ミカ殿」  そう言って彼女は、きりりとした瞳でミカを見つめた。 「カンナ先輩、放課後は山坂さんとデートなんじゃ?」 「山坂? そんな奴どうでもいい。あたしにとってナンバー1の関心事項は門野ミカだ」 「ルミさん、今日、田舎からおばあちゃんが来るから駅まで迎えに行く、と言ってませんでしたか」 「駅に行ってたらミカ様のボディガードができないでしょ」 「だからそのミカ様ってやめてよ。ユミちゃん、ヴァイオリンのレッスンはどうすんの?」 「一日ぐらい休んだってどうってことないもん」 「わたしの腕はヴァイオリンじゃないんだからスリスリしないで」  こんな具合にミカ達一行は、キリハレル教団の敷地内へ。左には礼拝堂、右には児童養護施設がある(もっともミカはわざと孤児院と呼んでいる)。彼女らが門をくぐり、修道院の中庭に一歩足を踏み入れるや否や――ふっとスイッチが切れた様に、ミカを取り巻く女の子達から力みが消失した。 「あ、そうだ、私、今日、バイトなんだった」 「だからさっきから言ってるじゃないですか、先輩」 「行ったって、どうせサボってるだけなんだけどね。じゃ、今から行くね、ミカ」 「ん? ミカに戻った?」 「あれ、そういえば、ばあちゃんを迎えに行くんだったっけ」 「だから遅れますよって」 「いいよ、ちょっとぐらい遅れたって。駅には待合室ってもんがあるんだし」  のんきなもんである。 「ユミちゃんはヴァイオリン、いいの?」 「ここまで来たんだからミカッチのとこで遊んでく」 「そういえば、今日、ヤマサカとデートの約束してたんだ」 「わたし、そう言いましたよ、カンナ先輩」 「そうなのか? まあ、いいや、たまにはデートぐらいすっぽかさないと」  今迄の殺気立った様子はどこへやら。まあ、これが本来の姿である。やれやれである。
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