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用事のある者は、「お大事に、ミカ」の言葉を残してさっさと帰り、暇な連中は、ミカの部屋へと上がり込む。狭い部屋ではあるけれど小奇麗にまとまっていて、参考書、問題集などといった不健康な書物は一切置いていない中学生らしい部屋である。
「こうしてあらためて見ると、ミカの顔、すごいことになってんな」
「左の頬っぺた、真っ赤にはれあがってるよね」
「なんでそんなことになったの?」
「ん? みんなそれも知らずに保健室になだれ込んで来たの?」
「そう言われてみるとそうだよな」
「なんか、ミカが怪我したとか死んだとかが伝わってきたんだよな」
「不思議な事もあるもんです」
「そもそも発端は――アッ」
「どしたの、ミカッチ?」
甘くてとろける様なこの香り。
「ユリカちゃんの作ったアップルパイだ!」
「ワーイ」
「ワーイ」
小柄な女の子が大きなお皿を、ヨイショ、という感じで運んで来た。載っているのは出来たてのパイ。それを作ったのは岸野ユリカ。学校に行っているのであれば小学校六年生である。
ユリカはミカの腫れあがった顔を見て、キョッ、キョッ、キョッという声を喉の奥から出した。
「ああ、これ? なんでもない、たいしたことない、どうってことない」
ミカの瞳はアップルパイに釘づけである。
「はじめまして、出口恵です」
ミカのクラスメイトが丁寧にユリカに挨拶すると、ユリカはまた、喉の奥からキャッ、キャッ、キャッ。
「あ、メグちゃん、ユリカは喋れないから」
ミカの瞳はアップルパイに釘づけである。
「あら、そうなの」
「声帯には問題がないらしいんだけどね」
ミカの瞳はアップルパイに釘づけである。
それぞれにパイと飲み物がいきわたる。フォークを使ってパイを一口。
「おいしい」
「おいしい」
「おいしーい」
みんな幸せ一杯だ。
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