婚約者

1/1
前へ
/11ページ
次へ

婚約者

冴えないレストラン……。 予約の取れない有名店って割には、美味しくないしさ。 そう思って、どこか生臭い雲丹(うに)のパスタをつついていると、婚約者の直樹がニコニコとこちらを見ている。 「凄く美味しいね。病院の食堂ばっかりだからかな? 研修医くんに教えて貰ったんだよ、ここ」 「……そう、だね」 この人、何食べても美味しいって言うんだよね。バカ舌なのかな? 「結婚式どうしようか?」 「僕は希望ないから、朱美ちゃんの好きにしていいよ。ホテルでもレストランでも海外でも」 ……主体性もない。 その代わり文句は言わないし、ダメ出しもしてこない。お金は綺麗に払ってくれる。 物凄くイケメンじゃないけど、清潔感があって堅実。 高圧的な態度は取らないし、私のやる事に殆ど異論を唱えない。 それなら……贅沢言っていられないよね。 前に付き合った外資系コンサルの男は、自分にばかり金をかけるケチなナルシストだった。 例え年収が高くても、そんな男はゴメンなんだから。 「君の実家にも、そろそろご挨拶に行かないとね」 「え……」 食後に供されたエスプレッソを飲みながら、彼はじっとこちらを見る。 「『え』って何? 僕には両親がいないけど、君にはご家族がいるよね? そうしたら挨拶ぐらいはしないと。……何か問題でもあるの?」 この人には親がいない。中学生の頃に交通事故で亡くなったそうだ。 それ以上のことは聞いてないから、知らない。 「……問題は……ないけど、仲良くはないの」 「それはわかるけどさ。結婚だよ?」 ……うるさいな。察しろよ、そんくらい。まともな母親なら、絶縁なんかしないっての。それに……。 「……母は自分だけが可愛い人で、私も姉もほったらかし。父は仕事ばっかりで、家にいなくて知らん顔よ。そんな親だから、実家に顔なんか出したくないの。分かって?」 上目遣いでそう言ったら、直樹はしみじみと溜息を吐いた。 「……そっか。僕は親がいないから、せめて君のご両親と仲良くしたかったのにな……」 「……家族なんて、そんなにイイもんじゃないよ」 「ドラマみたいにはいかないんだね。朱美の学生時代の話を聞いたりしたかったのに。どんな子供だったか、とか」 彼にとっては、何気ない話題なんだろう。 でも……全身が粟立(あわだ)つ。 「……普通の子供だったよ」 「いやいや。君はスクールカーストの上位でしょ? 学生時代に同じ教室にいたら、僕なんかガリ勉のチー牛扱いで、話してくれなかったんじゃない?」 「私、そんなキャラじゃないよ〜」 ……酔ってる感じじゃないのに、今日の直樹は何かおかしい。なんだろう? 「仲のよかった子はいた?」 「……え、うん……。まあ……」 脳裏に茉那(まな)の白い顔が浮かんだ。……仲良くなんてない。……あんな陰キャ女。 「そうなんだ。式には呼ぶの?」 「……えっと……。やっぱり海外でやりたいかも……」 「そう? それなら早めに言って? パスポート更新しないとならないからさ」 スタイルを維持する為に、しんどくてもジムに行って。 食べ過ぎたら吐いてでも、体重はキープする。 少しでもたるみやシワが気になれば、韓国の美容クリニックに駆け込む。 メイクには、下地から一時間以上かける。 二週間に一度は美容院とネイルとエステに行き、メンテナンスは欠かさない。 ……こんなにも努力して、やっと医者の直樹を捕まえたのだ。 私は絶対に、幸せになってやる。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加