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婚約者
冴えないレストラン……。
予約の取れない有名店って割には、美味しくないしさ。
そう思って、どこか生臭い雲丹のパスタをつついていると、婚約者の直樹がニコニコとこちらを見ている。
「凄く美味しいね。病院の食堂ばっかりだからかな? 研修医くんに教えて貰ったんだよ、ここ」
「……そう、だね」
この人、何食べても美味しいって言うんだよね。バカ舌なのかな?
「結婚式どうしようか?」
「僕は希望ないから、朱美ちゃんの好きにしていいよ。ホテルでもレストランでも海外でも」
……主体性もない。
その代わり文句は言わないし、ダメ出しもしてこない。お金は綺麗に払ってくれる。
物凄くイケメンじゃないけど、清潔感があって堅実。
高圧的な態度は取らないし、私のやる事に殆ど異論を唱えない。
それなら……贅沢言っていられないよね。
前に付き合った外資系コンサルの男は、自分にばかり金をかけるケチなナルシストだった。
例え年収が高くても、そんな男はゴメンなんだから。
「君の実家にも、そろそろご挨拶に行かないとね」
「え……」
食後に供されたエスプレッソを飲みながら、彼はじっとこちらを見る。
「『え』って何? 僕には両親がいないけど、君にはご家族がいるよね? そうしたら挨拶ぐらいはしないと。……何か問題でもあるの?」
この人には親がいない。中学生の頃に交通事故で亡くなったそうだ。
それ以上のことは聞いてないから、知らない。
「……問題は……ないけど、仲良くはないの」
「それはわかるけどさ。結婚だよ?」
……うるさいな。察しろよ、そんくらい。まともな母親なら、絶縁なんかしないっての。それに……。
「……母は自分だけが可愛い人で、私も姉もほったらかし。父は仕事ばっかりで、家にいなくて知らん顔よ。そんな親だから、実家に顔なんか出したくないの。分かって?」
上目遣いでそう言ったら、直樹はしみじみと溜息を吐いた。
「……そっか。僕は親がいないから、せめて君のご両親と仲良くしたかったのにな……」
「……家族なんて、そんなにイイもんじゃないよ」
「ドラマみたいにはいかないんだね。朱美の学生時代の話を聞いたりしたかったのに。どんな子供だったか、とか」
彼にとっては、何気ない話題なんだろう。
でも……全身が粟立つ。
「……普通の子供だったよ」
「いやいや。君はスクールカーストの上位でしょ? 学生時代に同じ教室にいたら、僕なんかガリ勉のチー牛扱いで、話してくれなかったんじゃない?」
「私、そんなキャラじゃないよ〜」
……酔ってる感じじゃないのに、今日の直樹は何かおかしい。なんだろう?
「仲のよかった子はいた?」
「……え、うん……。まあ……」
脳裏に茉那の白い顔が浮かんだ。……仲良くなんてない。……あんな陰キャ女。
「そうなんだ。式には呼ぶの?」
「……えっと……。やっぱり海外でやりたいかも……」
「そう? それなら早めに言って? パスポート更新しないとならないからさ」
スタイルを維持する為に、しんどくてもジムに行って。
食べ過ぎたら吐いてでも、体重はキープする。
少しでもたるみやシワが気になれば、韓国の美容クリニックに駆け込む。
メイクには、下地から一時間以上かける。
二週間に一度は美容院とネイルとエステに行き、メンテナンスは欠かさない。
……こんなにも努力して、やっと医者の直樹を捕まえたのだ。
私は絶対に、幸せになってやる。
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