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<2バレンタイン>
会社では基本的にバレンタインは禁止になっているが、課長には時折おいしいものを御馳走してもらっている手前、こっそりとウィスキーの入ったチョコを渡した。
ある意味、下心である。
二郎は遅番だと言っていたから、ちょっと奮発した高級なチョコを差し入れる為にコンビニに向かった。
一緒に住んでいるからこそ、たまにはこんな風にサプライズをしてみようと思った。
遅番は人がいないから寂しいと言っていたし、仕事の邪魔にならないように少しだけ話をして帰ろう。
コンビニに入るとレジに二郎は入っていなかった。
バックヤードにいるんだろうか?
少し待ってみようと雑誌コーナーで伺っていると制服姿ではなくコートを着た二郎がレジに立っている男性におつかれさまと声をかけている。
心臓が破裂しそうなほど鼓動する。
さらにあとから女性が出てきてレジの男性が二郎と女性に向かって「デートかよ」と声をかけていた。
私に気づかず二郎と女性は外に出ると、すぐに女性は二郎の腕に自分の腕を絡ませた。
マフラーでしっかり顔を覆うと二人の後をつけていく。
後をつけても二人は全く気が付かず、駅に向かい電車に乗った。
電車の中でも向かいあってイチャイチャしているのを見ると、私たちにもあんな時期があったと遠い昔を思い出した。
繁華街のある駅で降りると、とある通りに入っていった。
スマホの録画ボタンを押して二人がホテルの入り口に差し掛かった時に「二郎、その人だれ?なんでホテルに入るの?」と声をかけた。
まさか私が後をつけていたなんて思いもしなかったんだろう。
一瞬、目を見開いた後は目を泳がせている。
「あんたこそだれ?」
何も言わない二郎のかわりに彼女が口をひらいた。
「9年付き合って一緒に住んでいる婚約者です」
「うっそ、マジで?二郎って婚約者いるの?ウケんだけど」
「あーいや」相変わらず煮え切らない二郎をよそに「てか、二郎ってあたしだけじゃないよね浮気してんの知ってるし、てかあたしも浮気相手だったってこと」
「いや、ここで話すことじゃないし。そもそも結婚してるわけじゃないから」
「うわーでた!二郎のゲス発言。仕事先で女がらみのトラブルで仕事を転々としてるって聞いたことあるし。もしかしてあたしのことも遊びだったんだ」
そういうことか・・・
「結婚してなければ同棲してる婚約者がいても浮気はいいってこと?」
泣きそう。でも、ここで泣き喚いて二郎に嫌われたくない。
「えっと、今日は解散しよ」
二郎が彼女にそういうと彼女も「あたしも騙されてたし修羅場とか無理無理」と言って笑っているが、二郎と腕をしっかりと絡ませている。
そんな二人を見ていたくなくて私はその場から足早に立ち去った。
二郎は「待てよ」と言う声が聞こえたが私に追いつくことはなく、追いかけて来ないのかもしれない。
一旦は大通りに出たが、そのまま帰る気にもなれず路地に入るとネオンが光る先に目立たない一軒のBARを見つけた。
間接照明で落ち着いた店内にはいくつかの丸テーブルが並んでいて、その先にあるカウンター席に座った。
メニューには色々なお酒の名前が並んでいて、あまりお酒を知らない私にはハードルが高い。
どうしようかと文字を眺めていると隣に課長よりも年上に見える男性が座った。
「一人?」
嘘をついても仕方がないので「はい」と答えると「お酒は辛口?それとも甘め?」と聞かれよくわからないが「甘い方がいいです」と答えるとその男性はバーテンダーに「ファジーネーブルとジントニック」と伝えた。
こういう場合はどうすればいいんだろう?
頼んでもらったのは奢りだろうか?それとも、単に教えてくれた?
わからないけど、9年付きあった男に裏切られた夜にちょっとしたドキドキもありかもしれない。
「一杯、奢らせてください。その代わり、少し話をしましょう」
奢りなんだ。
あらためて見るとスーツをびっしっと着こなす色気のある男性だ。
というか、この男性はこうやって女性にいつも奢ってるんだろうか?
「ありがとうございます。でも、あまり楽しい話はないですよ。彼が他の女とホテルに入るところを目撃したばかりだし」
「たしかにあなたにとっては楽しい話ではないですね。でも、わたしは少し興味があります」
「ほぼ愚痴になりそうですですけど?」
「歓迎します」
そんな話をしていると目の前にオレンジ色の飲み物が置かれた。
男性はどうぞと言ってから「出会いに乾杯」といいながらグラスの縁を合わせた。
酸味のなかに甘さのあるアルコールを感じさせないカクテルで、二郎と浮気相手との対峙で乾いたのどにいい刺激が来る。
「おいしいです」
「口に合うようで、よかった」
男性は特にせかすでもなくゆっくりとジントニックに口をつける。
高校の時から付き合ってきた彼に浮気されていたこと、でも本当はうすうす気が付いていたし、仕事を転々とするのも人間関係に問題がある気がしていたけど、それが女がらみのならうなづけるところがあったこと。でも、付き合っていた9年を無駄にするのが怖くて見ないふりをして、”婚約者”という言葉に縋りついていたことを話した。
男性は私が話すのを静かに聞いて、途中で違うカクテルを注文しながら話を聞いてくれた。
「あなたは”彼”しか知らないんだ。それってもったいない。どうせ彼が結婚していないなら他の人と関係を持ってもいいというのならあなたもどうです?」
そんな言葉に頷いた。
タクシーで男性が連れてきてくれたのは二郎たちが入ろうとした、もしかするとあれから入ったかもしれないホテルとは違いちょっと洒落たシティホテルだった。
夜景が綺麗で見とれていると窓際に置かれたソファで何度も絶頂させられた。
ベッドの上で、バスルームでまるでドラマや漫画のような甘くしびれる時間が続く。
二郎がどれほど適当だったのかがわかった。
もしかすると他の女性達にはこんな風に抱いていたのかもしれない。
私は恋人で居るための儀式としての行為だと思っていたし、二郎もとりあえず私をキープしておくための消化試合的なものだったのかもしれない。
行為の合間にルームサービスでワインを届けてもらい、二郎に渡そうと思っていたちょっと奮発して購入した高級チョコを食べた。
窓から見える空が白みかけたころに気を失うようにして意識を手放した。
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