第一部 ステラ・バイ・ステラ

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「ううん」ディアナは首を横にふる。ヴラドの腕のなかで、かすかに光の粒子が踊る。「むしろ空気は澄んでるみたい。この調子なら明日も晴れそうだよ、ほら」  かのじょが指さす方角には、破れた夜のとばりから溢れる無数の星が散りばめられていた。  滔々(とうとう)と湧きあがる天の川の真ん中で、白鳥の尾をになう一等星のデネブがまばゆく豪奢にかがやいている。せせらぎに便乗し悠々と泳いでいたいるか座の星たちは、デネブの圧倒的な光に思わず跳び上がっておどろいてしまう。そして挨拶もそこそこに華やかな水しぶきをあげながら天の川を駆けおりていく、そしてしばらく離れたところで、群れの星同士はふっと見つめ合い、笑いながらじゃれはじめる……。  南方に視線をうつすと、低空で怪しげに這うさそり座が、魅惑的なルビーの眼をぎらつかせている。「おれの縄張りを侵す不届きものは、だれだろうとこの毒針の餌食だ。オリオンとおなじ運命を辿らせてやるぞ」と、鋏型の触肢で星々を威嚇している。まるで南の夜空を統べる王のように。  そして、西。春に活躍していたしし座もうみへび座もすっかり寝惚けた目つきで空の果てに頭からしずみ、交代で優雅に上空へとのぼってきた真珠星のスピカが高潔に光っている。季節をかん違いし、春の大曲線を結ぼうとするかのじょを、うしかい座が息を切らせて追いかけていく――  ねえ、ヴラド……こんなこと、あっていいのかな? 夢のためにひろがる景色が、今ぜんぶ、わたしたちのためだけにあるなんて。(※2)  ディアナはかろやかに立ち上がり、ヴラドの袖をつかんで引っぱる。「こっち」 「ディアナ? どうしたの、いきなり――」  かれのことばを無視して、ディアナはふわっと宙に浮かぶ。つられてヴラドも。  ふたりはそのまま《ミーミル泉》の中心部まで移動する。紫がかった月のスポット・ライトのもとでディアナは振り向く。 「一緒に踊りましょう」 「……ええと。ぼく、踊ったことないんだけど」 「大丈夫、わたしも初めてだから。ずっと座ってて疲れたでしょ?」今夜のディアナは口数が多い。透明感のある繊細な声も心做しか浮かれており、返事に窮するヴラドをたのしそうに煽る。「どんなに下手でも平気よ、見てるのは月だけだもの」  月明かりに照らされ、ふだんよりあいての顔が明瞭に窺える。上目遣いでお願いするディアナに、ヴラドはこほん、と小さく咳払い。どうやら決意したようだ。一歩下がり、背筋を伸ばす。脚をそろえ(うやうや)しくお辞儀をして、 「ディアナ。よかったら、ぼくと踊ってもらえませんか?」  どれくらい時間が経っただろう。空中で踊るメリットはあいての服の裾を踏む心配をしなくていいことだろうけど、おたがいの脚が絡まってバランスをくずす失敗は数え切れないほどあった。そんな感じで初めこそ笑いながらぽつぽつ会話を紡げていたものの、やがてダンスに熱中するあまり、とうとう完璧な沈黙が仕上がってしまった。「どうにかして話題を見つけないと……」と、ヴラドは必死になって考えを巡らせるものの、時折ディアナと目が合い、その都度かのじょが綺麗なほほえみを向けてくるものだから、頭のなかのキャンバスはずっと白紙のままだった。
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