第一章 暁の空から

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 世界は混沌としている。  有史以来未来永劫続くこの負の流れは留まる事を知らない、紛争内戦戦争と人々の争いは、原初の文明時代(メソポタミア文明)から既に始まっていた。  いや、それ以前からあったのかもしれない。こん棒で殴り合う時代には既にあっただろうか、人類を語る上で決して欠かすことのできない闘争。それが僕達人類を進化させてきた。  長きにわたる闘争は、如何に効率的に人を壊すか。その追求と探求の道だった。  何ら変哲もない木の棒から石器へと、石器から青銅へ、そして鉄。相手の防御を如何に壊すかが議題に上がって来ただろう。そしてたどり着いた先が核兵器とは皮肉が効いている、そう思わないだろうか。  元素同士の反応でのみ起こる超高密度、超高温のソレは宇宙を作り出した始まりの爆発。人類が効率よく人を殺すことを考えた先が、始まりの炎だなんて全くナンセンスだ。  全ての始まり(ビックバン)全ての終わり(end of A life)を迎える兵器となったんだ。科学の進歩とは殺戮兵器の歴史と同意だったんだ。  あれから二時間、昼間の疲労と重なって動く気力すら無くなっていた。糖分を欲している事は良く分かっている、居間にチョコレートが置いてあるが取りに行くのも億劫だ。やる気が出ない体に鞭打つつもりも無かった。故に考えていたのがそんな下らない事、人類史上で最も愚かで最も脅威となる化学兵器について考えていた。  悪い癖、こうなった時の僕が考える事は大体妄想だ。  あの時こうだったら、あの時どうだったらと歴史を考え出す。もしも(IF)なんて無いのにそればかりを考えてしまう。空想癖は昔からだ。  そんな妄想をしても何も始まらないというのは重々承知している、言わば現実逃避の一環なのだ。と、そんな事も分かっている。  そうでもしないと、やってられないんだ。    ベッドに寝転がって天井を仰いでいた。  聞こえるのはエアコンの駆動音と暖房が部屋全体を温めている音、それ以外は何も聞こえない。強いて言うのであれば鼓動の音が煩い位だ。 「本当、悪い夢だよ」  そうさ、悪い夢を見ているだけさ。  考えられるありとあらゆる事象を回避して仲間だけでも助ける。いや、助けられれば良い。それ以外は大局に対してもうどうにもならない。あぁ、分かってるさクソッタレ。  結局僕がやろうとしてるのは、僕自身の自己満足と自己保身。ただそれだけなんだ。  祖父も助けることは出来ない、今から電話で明日何が起きるかを説明しても信じてもらえない。力づくでどうにかしようにも、家からじゃどの道遠すぎて話にならない。  この時間じゃ電車に乗って行ったところで到着する頃には深夜だ、それも山奥の深夜。この外気温の中深夜で山道は自殺行為にも等しい。  そう思うと、最後に祖父と少しでも会話できて良かったのか。  いや、最後と決まった訳じゃない。もしかしたら明日戦争なんて起きないかもしれない。その確率は観測されない限り半分程度。コイントスをして裏表の結果がイーブンになるのと同じだ。  そうだ、もし明日戦争が起きなければ夜は祖父と久しぶりにご飯を食べに行こう。美味い豚カツ屋で二人で晩御飯を食べよう。そして月曜日からは何一つ変わる事のない日常を迎えて――。  迎えて――?(所詮希望的観測)  いやいやいや、何を馬鹿な事を考えてる。  それでいいんじゃないか、それが一番平和で幸せなんじゃないか。誰も死なないし、誰も不幸にならない。この世界も終わりにならない、世界恐慌の影響は年々酷くなっていくだろうけど、生きていればどうにかなる事だってあるはずだ。僕が体験したクソッタレに比べたら遥にマシじゃないか。  なのに何で、なのになんでっ! 「何でこんなに不安なんだっ!」  涙が溢れてきた。  平和を望んで何が悪い、平穏を望んで何が悪い、今までの暮らしを望んで誰が文句を言うんだ畜生。昨日から何度この思考に陥った、昨日から何度繰り返し繰り返し同じ事を考えてきてるんだ僕は。今日だってこれで何度目の熟考だ。  世界はループしているかもしれない。  世界は終わりを迎えるかもしれない。  小さな足掻きでも未来を変えられるかもしれない。  だが結果的にループした時点へと結果は収束してしまうかもしれない。  やってみないと分からないじゃないか、観測してみないと分からないじゃないか、実際に明日になってみないと世界がどう動くのか分からないじゃないか。  答えの出ない問答を何度繰り返せば気が済むんだ。  その問答の数だけ僕の精神は減り続けてるんだ、おかしな病気にでも掛かってるんじゃないかと思うぐらい僕の思考回路はもうズタズタだ。変な小説の読み過ぎだって何度潔に言われれば気が済むんだ僕は。  全く、これじゃ僕は過去の異端者か世界終末論者の一人じゃないか。  つくづく笑えない。  七海が今の僕を見たら何て言うだろう、潔は何て言うだろう、曽根には何て茶化されるだろう。間違いなく心配されて、間違いなく馬鹿にされて、間違いなく茶化される。  心音が煩い、鼓動が煩い、耳元で鳴りやまない重低音が耳障りで堪らない。過呼吸一歩手前で無理やり思考回路を絶った。妄想だけで自滅しそうになるのを避けたかった。  考えても仕方ないのなら実際に明日の様子を見てみるしかない。それ以外に今僕が取れる行動は何もなかった。
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