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どの程度飛んでいた?
何時間気を失っていた?
強烈な睡魔に襲われ、目の前が真っ黒になり周囲の音が消えた。
霞む視界に映ったのは見慣れた景色。今までと何も変わらない日常がそこにはあった。
困惑するなと言うのが無理な話だ、先程迄瞳に映っていたあの荒れ果てた世界は一体どこに行ったのか。血と肉が燃える臭い。絶望に満ちた人々の声、そして何より――。
「一体、なんだこれ」
超常現象の類か、はたまた異常現象だったのか分らない。見上げた空はいつもの空でヒビ一つ入っていなかった。
確かに見たんだ、あの異常な空を。
確かに見たんだ、目の前で空が割れていくのを。
確かに見たんだ、音を立てて割れた空から夜がのぞき込んでいたのを。
だが、それらは何一つなかった。
その代わりに――世界にノイズが走った。
「何してんだ孝雄、置いてくぞ?」
聞きなれた声に体がとっさに動いていた、二度と聞く事のない声、二度と見る事の無い顔が数日前に見た親友の姿がそこにあったのだから。
それだけじゃない――。
見慣れた親友の姿とは別にもう一つ、同じ顔をした何かが現実とは別にブレたイメージとして瞳に映っていた。
「潔、お前なんで」
「なんだ寝ぼけてるのかよ。そう言えば昨日は新作ゲームの発売日とか言ってたな、もしかして徹夜かぁ?」
茶化してくるその声まで同じだった。
思考が困惑しているのが分かる、目の前で肉片すら残らなかった最後を迎えた親友がソコに居たのだから。
「いやだってお前、三日前に死んで」
「俺が死んだ? こりゃぁ本格的に寝ぼけてるなお前。よく見てみろよ、ちゃんと足ついてるだろ」
笑った顔も、声もそのままだった。
「そんなことよりさっさと行こうぜ、テスト最終日だってのにその余裕羨ましいよ。こちとら赤点ギリギリかも知れねぇってのに」
「最終日。あぁ、そうだね」
全てが悪い夢だったのかもしれない、潔の声を聞いているとそう思えてきた。
そうだ、世界がそう簡単に終わりを迎えるなんてことは無いんだ。出来の悪い映画かファンタジーゲームの出来事ならまだしも、現実でそんなことが起きるはずがない。
「徹夜でゲームするもんじゃないね、夢か現か分からなくなるよ」
通学路の途中で立ち止まっていた僕は、潔の背中を追いかけて走った。
海が見える小さな街で、人口もさほど多くなく、商店街に足を運べば誰もが知人のように挨拶が飛び交う。そんな絵に描いたような小さな街。
――本当に夢だったのだろうか?
夢にしては違和感が大きくて、今も手が震えている。両腕には命の重さが残っている。何処までもリアルで、いつまでも残っている感触と血の臭い。
まるで、本当に起こった出来事の様に。
その日の夕方、僕達は様々な表情で帰路に着いた。
テスト最終日の帰路は十人十色の表情を見て取れる、欠かさず勉強をしていた学友の笑顔から、当ての外れた仲間の悲壮感漂う表情まで本当に豊かだ。
悲壮感全開で僕の隣を歩く潔は酷く落ち込んでいた。元々勉強が苦手だと自負していたが余程出来が悪かったのだろう。
「うるせぇ、あんなモンどう足掻いても分かるはずがねぇだろ」
「潔は普段、授業中寝てますからな」
「そういう曽根はどうなんだよ、お前だっていつも眠そうにしてるじゃねぇか」
「残念、自分は抑える箇所はきちんと押さえてるであります!」
悪友と言うべきか親友と言うべきか、それとも腐れ縁と言うべきか。今まで通りのやり取りが少しだけ懐かしく思える。
内心ホッとしていたのは事実だった。
昔から続くこの見慣れた光景が変わる事も無く、この先大人になってもきっと変わらないと思える仲間がいる、下品な冗談を言い合うような事もきっとこの先続く。
「それでも孝雄には敵わないですな、今回も学年上位は我等が参謀殿の名前が入るでしょう」
「それがよ、今朝とんでもないボケ飛ばしてきたんだぜコイツ。今回ばかりは上位入り無理だろうな、何せ俺が三日前に死んだとか抜かすぐらいだ」
「珍しいボケでありますなぁ、新作ゲームはホラーでしたか?」
今朝の出来事を弄っては笑う潔の顔は楽しそうだった。先程迄の悲壮感はどこへやら、でもソレが僕にとってはとても気分が良かった。
「僕にだって寝ぼける事の一つや二つあるよ」
「人間だものってか?」
「人を茶化すことだけは一人前だよね、そのベクトルを少しでも勉強に向ければ赤点じゃなくなるかもよ?」
「その通りでありますよ潔!」
自然と笑みが零れた。茶化されたらそのまま返してまた笑う。何年もそうやって僕達は同じようにして歩き、時には止まって、笑いながら前を向いていた。
そんな中ふと足が止まった。
海が見える一角、ガードレールに手を置いて夕日が照らす海を少しだけ眺める。同じようにして潔と曽根も同様に手を置いて静かな海を眺めた。振り向く空はどんよりとした雲が広がっていた。
「日曜どうする? 予報通りなら明日は一日雪らしいけど日付変わるころには止むっていうじゃん」
「予報通りなら僕は午前中雪掻きしてるよ、お前達も同じでしょ?」
「どうせいつもの過大評価って奴だろうよ。積もる事ねぇよ、積もったとしても午前中には終わるだろって話さ。午後から遊びに行こうぜ」
猛烈な寒波と南岸低気圧で明日は一日雪予報。
今年は暖冬と言われるが、この地域は大雪に見舞われることも少ない。積雪量は全国的に見ても少なく、五センチも積もれば交通機関が麻痺することもある。
しかしこの暖冬ってのが曲者で、全国的には温かい冬かも知れないが……千葉県に至っては大雪が降る可能性が高くなる。南岸低気圧が発達し、結果として降雪量が多くなる。
つまるところ、暖冬と予報されても実のところ寒さはさほど変わらない。逆に大雪になる事で気温は一気に下がる。
「自分は大雪になると思いますな、小学校の頃の大雪をお忘れですかな潔は」
「忘れちまったなそんなこと」
「そんなんだから何時も赤点ギリギリなんだと思うよ」
沈みかけた夕日に照らされる空を見上げて笑う。そうなんだ、コレなんだと笑う。
変わる事のない日常、変わる事のない友情、変わる事のない平穏に安堵し、今日も一日が終わる街を見下ろして明日に目を向ける。たったそれだけの事が、何でもないことが本当に大事だと思える。
それが一瞬なのか悠久なのか。
朱の空が徐々に陰り始め、夜が顔を覗かせてくると僕達はそれぞれ帰路に着いた。分からない二日後の事を話し合っても仕方ない、翌日の降雪量でその後の予定が変わるんだ。その都度連絡を取ればいい。
「結局なんだったんだろう」
鮮明に残された記憶に感触と臭い。
夢にしては出来過ぎている状況を思い出しながら歩を進めていた、あまりにもリアルなそれらが現実と交差しているような感覚に溺れる。
ふと、足を止めた。
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