第一章 暁の空から

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 ナマリイロノソラ――ReAct   帰宅後、直ぐに自室のベッドへと寝転がる。  コートを壁に放り投げ、制服も脱がずに横になる。今日一日の出来事をもう一度思い返しながら状況を整理しようとした。  何度も何度も自問自答を繰り返し、たどり着いた結論はまだ遠く、纏まらない。  思考を重ねる内に脳内シナプスの結束が高まり高速化していく、思い当たる症例も浅学(せんがく)故に出てくるはずもなく時折思考を止めてしまう。  医術書なんて持っているはずもなく、過去にテレビで放送された奇病等の番組を思い出しては該当から外れていく。 「何が起きてるんだろ」  正確には何かが変わってしまった、それが正しい。全てを漠然と考えるから纏まらない。結論を探すから前提も道半ばも分かるはずがない。  もしも――僕が壊れていなければ一度この世界は終わっていた。間違いなく終わりを迎えていた。  だが空にヒビが入るなんて科学的にあり得ない、これは僕の現実逃避から見た幻想。それ以外に考えられなかった。では戦争が始まったことは、潔が目の前で死んだことは、曽根も七海も皆僕の目の前で亡くなった。  僕は見たんだ、アイツらが亡くなるその一瞬を。瞳から生気が消えていくその瞬間を見たんだ。悍ましく、直視することのできないソレら(・・・)を僕は見た。間違いなく見た。  なのに気が付けばこうして僕は平穏な日々だった頃に戻っている。  見つめる天井も幼少期の頃から何一つ変わっていない景色だ。嫌だった事も楽しかった事も嬉しかった事も悲しかった事も。全てその時に見たこの天井は何一つ変わっていなかった。  やはり、僕自身壊れてしまっていたのではないか。 「現実的にあり得ない、あり得ないんだこんな事」  ポケットから携帯電話を取り出して時刻を確認する、十九時を回ったところだった。  ここで一つ仮説を立てる。  仮に――そう、仮にこの現象を説明するのであれば一つだけ思い当たる超常現象の類がある。読み慣れた小説のジャンルに登場する現象の一つ。それを筆頭に今日起きた事を思い返していけば説明がつく気がした。  だけど、本当にそんな事が起きるのだろうか。  自分でも馬鹿げてると思う、そんな事があり得るはずがない。再三に渡り頭の中で否定した単語が現実を帯びて襲って来る。同時にソレを証明しろと脳内が騒めく。  携帯電話の画面を見つめて記憶を辿る。たった一週間の出来事、大事な事でも無い限りそう覚えている事でも無いが記憶の欠片を集めていくしかない。どんな些細な事でも構わない、思い出せ。科学的にあり得ない事象を実証する為に思い出せ。  テスト最終日の夜だ、昨夜までの拘束された勉強の枷から解放された僕は一体何をした。明日の事を考えてたはずじゃない、この後何をしようとしていたのか思い出せ。 「確かこの後――」  突如携帯電話のディスプレイが光出した。  潔からの着信だ、見知った名前を見た瞬間少しだけ安堵したのか通話ボタンを押して電話を耳元へと近づける。 「おっす、暇してるか?」「おっす、暇してるか? だろ?」  今日何度目かのノイズが世界に走った。 「何だよ気持ち悪いな。さてはお前、俺の事好きすぎるだろ」 「そんなんじゃないよ、ちょっと思ったことがあって」 「思ったことだぁ?」  最初の違和感、この時折現れるノイズ現象。  思い返せばこの現象が起きたのは潔と今朝話した時、それと同時に目の前に居る潔とは別に映ったブレたもう一人の潔のイメージ。その違和感の正体がコレなのだと半信半疑だった。 「いや、何でもない。それでどうしたの?」 「暇してるだろうと思ったから電話してみただけだ、何かしてたのか」 「何かって程じゃないけど、ちょっと考え事してたよ。思ったことってのもソレ」 「ん~、それなら何か邪魔しちまったみたいだな。別にこれといった話も用事もなかったんだが」  この電話は本当に何気ない会話をするだけのものだった。そう、本当に何でもない暇つぶし(・・・・)の為に掛けてきた電話だ。だがその会話の中にも潔なりの含みを感じた、言葉にしないだけで何が言いたいのかはわかっている。 「ありがとね、気使ってもらっちゃって」 「あんな顔を見たら気にするなって方が無茶な話だ、七海からもさっき電話があったんだ。曽根は気にも留めてなかったみたいだけどな」 「アイツらしいね」  電話越しに聞こえる潔の声に少しだけ笑みが零れた。  一人で考え事をしている時程に気が滅入るのは良くあるが、今回に至っては異常だ。一人で抱えて、一人で悩んで、一人で無理をして……それが結果として良い方へと向かうのなら誰だって苦労することは無い。こういう時程、この男は心強い。 「それで、考え事は纏まったのか?」 「分からない、あまりにも現実離れしすぎてて信じたく無い程だよ」  口ではそう言うが、自分の中である程度の考えは纏まっていた。信じたく無いと話したのは本心であり、何よりも――。  この先、どうなるのか分かっているから(どうしても変えられない未来がある)。  だがまだそうだと決まった訳じゃ無い、こんな馬鹿げた話があってたまるか。必死にそう考えてる自分が居た。そうでないければ耐えられない。耐えられるはずがない。  仮に、そう仮にだ。  そんな事があったとして、今の僕に何ができる。  戦争が始まる迄の間、一体何が出来る。一学生の僕が世界の流動にどうやって抗えというのか。人間一人に何ができるというのか。  思考が深く、深く落ちていくのが分かった。 「仮にさ、この先一週間の出来事が分かるって言ったらどう思う?」 「お前小説の読み過ぎじゃないのか?」 「だから仮の話だよ、潔だったらどうする?」  可能性の話を現実話へと昇華してみる、その言葉が出る事自体自然なものではないことを重々承知しての事。一人で考えても纏まらないのであれば誰かに聞いてもらえばいい、そして一人の力で解決できないのなら他人に協力してもらえばいい。  協力相手として潔が適切かどうかはまた別問題として。 「そりゃぁ、手前の失敗を回避する為に動くだろう。未来が分かるなら失敗も回避できるだろう、その先の未来がどう変わるかは知らねぇけど、自分にとって重大な事を回避できるのならそうする」  前言撤回、潔は僕より正気だった。  そうだ、もしかしたら回避できるかもしれないじゃないかと思い始める。戦争が例え回避できなかったとしても仲間の死は回避することが出来るかもしれない。そうすれば……そうすれば?  その先は?  潔の言う通り僕が分かるのは一週間だけ先の話、それ以降を知らない。そして彼らの死が回避できたとして未来がどう変わっていくんだ。  変わってしまった未来を更に回避するにはどうすればいい。 「まさに夢物語だね」 「でもそんな事はあり得ねぇし起こりえねぇ。言っただろ小説の読み過ぎだって、お前の部屋にいくつかそんな題材の本があったの覚えてるぞ」 「そうだね、もしくは本当に疲れてるのかも」  到底信じられる話では無い事を自覚している、僕だって信じられないんだ。だが実際に異変は起きている。確実に何かしらの形で変化が起きているのは間違いなかった。 「とりあえずゆっくり休めよ、また日曜な」 「ありがとう、日曜いつもの場所で構わないんだよね? と言っても雪掻きが終わったらの話だけどね」 「そん時はまた連絡するよ、基本的にはいつもの場所だ。んじゃな」  そう言って潔は通話を切った。  ゆっくりとベッドから起き上がってカーテンを開ける、降り続ける雪は案の定雪景色を作り出していた。現状の事もそうだが明日の事を日曜日の事を考えると憂鬱で仕方なかった。  ため息を一つ付いてカーテンを閉め、勉強机に座る。  状況を整理しよう。  二つハッキリとした事がある。一つは口にするのも馬鹿馬鹿しいがこれから起こる一週間の出来事を僕は知っている。実際にこの目で見て、この体で体験してきた事だと分かった。頭がおかしくなった訳じゃ無い、だけどハッキリと覚えている。  潔から電話が掛かって来た時に最初なんて言うか、ちゃんと覚えていた。普段何気ない挨拶にも聞こえるがタイミングまで一語一句間違えることなく覚えていた。  そしてもう一つ、これも重要な要素だ。  時折走るあのノイズ、アレはきっと僕が体験した一週間と違う出来事が起きた際に起こる物だ。でも法則性が見つからない。  例えば、今僕が部屋のカーテンを開けて積雪量を確認し、その後椅子に座る迄の流れ。多分体験した一週間の中で全く同じ事が起きた訳じゃ無い。完全に再現することなんて到底無理な話だ、だがこの再現こそが重要な鍵になっているのではないか。  ノイズが走る瞬間、それも現実とイメージが違う形で重なって見える時。それは明らかにその後の行動に変化が起こる事。七海の件を思い出してほしい。  あの時、七海は不安そうに走ってきた。だけどイメージの中では笑顔でゆっくりと僕の元へ歩いてきた。小さな違いではあるけどそこから起こる事象が変化するときに見えるんだと思う。 「確かこの辺に――」  カオス理論における予測因難性表現の一つで、概念としては比較的新しい。  初期の、それもほんの僅かな差から生まれる小さな歪みが将来大きな差となって表れる。要因は因果によって生まれる。どんなに些細な物でも歴史を動かす可能性がある。過去にそんな題材をテーマにした映画も制作された事も、この手の愛好家の中では有名な話。確か、気象学者が提唱した概念だったと思う。 「あった、これだ」
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