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蝶の羽ばたきは竜巻を引き起こす可能性はあるが、その様な事象は計測制度を上げても予測は出来ない。年間の竜巻発生数には影響しないが、マクロではなく大局の動向をどう捉えるか、それが大事である。そういう趣旨だった。この概念の名前を。
「バタフライ・エフェクト」
タイムトラベルや、タイムリープを扱う作品が数多くこの概念を取り入れてきた。まさか自分自身がソレを現実に体験するなんて、非現実過ぎて理解に苦しむ。事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。
だが一方で、大局に至っては決められた未来に収束してしまう。
そう、量子ビット未来保存の法則も考えなければならない。
聞いたことのある話に過ぎない、物事の事象は仮に過去で改竄されたとしても、起きた未来の情報は断固として元の状態へと戻ろうとする。
結果として未来を変えることはできない。言うなれば運命の収束だ。
過去、現在、未来と連なるシーケンスの何処かを折り曲げたとしても、どんなに過去を改竄しようとしても結果は収束された未来へと繋がってしまう。バタフライ・エフェクトを否定する理論の一つ。
どちらも可能性の話、どちらも確認する事の出来ない事象、どちらも非現実的な理論。この話を聞いた人ならどう答えるだろう。――量子ビット未来保存の法則の科学的実証実験を知らなければ。
「確認出来無い以上机上の空論だよなコレ、仮に確認できたとして――」
そこで言葉を失った。
僕は今何を言おうとしていた、僕は今何を口にしようとしていた。
僕はなんて悍ましい事を考えた
思い出せ、この手の作品で主人公はどうなった。非現実的な話を現実的な思考に変化させるな。よく考えろ、冗談じゃない。
仮に量子ビット未来保存の法則を無視したとして、潔が死ぬ未来を変えた。その先の変化した未来で今度は七海の死を回避しなければならない。それは可能なのか?
曽根はどうなる、いやそれよりも――マクロ視線で考えて大局に向かって収束するかもしれない事象をどう解決すればいい。狂気の沙汰だ。
今日一日で何が変わった、既に変わってしまっているかもしれない未来をどう察知して変えればいい。永遠にも等しい時間をひたすら繰り返すのか、そんな事が可能なのか。
出来る訳が無い。
馬鹿馬鹿しい、妄想と現実の区別も付かなくなったのか僕は。潔の言う通り小説やゲームのやり過ぎだ、あり得ない。変な夢を見ていたんだ、そう考えろ。
「憂鬱だよ全く」
深々と降り続ける雪、繰り返し繰り返し聞こえる無音と静寂。いつしか聞こえなくなっていた心音、やがて静寂は耳鳴りへと変わっていく。
空想科学の本を閉じて背凭れに寄りかかり、天井を仰いだ。
二十一時を少し回った所で僕は帰宅したままの状態である事に気づいて、やっと部屋着を手に取った。
二日目――。
八時丁度に目を覚ましてカーテンを開けた。昨夜から降り始めた雪は勢いを増してる、普段あてにならない天気予報が珍しく的中している。それが余計に僕の気を滅入らせた。
この調子で降り続けていたら間違いなく今日中にある程度は雪掻きをしないと翌日面倒になると思わせる降雪量だ。ため息をついて自分の部屋を後にした。
冷え切った廊下、妙に角度の付いた階段を下りて居間へ向かい。両親へと挨拶する。
「おはよう父さん、母さん」
写真立てに何時もの挨拶をしてケトルの水を取り替えてからスイッチを入れる。毎日欠かさない両親へのお茶入れ。沸騰するまでの間冷蔵庫の中身を確認する、そう言えば昨日は疲労故に何も食べていなかった。
必要最低限の物は一昨日の内に買い物を済ませていた為今日は一日出かけなくても事足りる。食パンを取り出してトースターに入れた。
「テレビも大体同じようなニュースだな、この大雪じゃ真っ先に報道することなんて同じようなもんだよな」
十年に一度の大雪警報と大々的にテロップが流れている、小学生でも無ければ嬉しくもなんともないこの大雪、交通機関は麻痺しほとんどが遅延や運行停止の情報が流れていた。起きてから今に至るまで車の音も聞こえない。
普段降雪量が少ないこの街でこの積雪量だ、今日が土曜日とあって仕事が休みな人も多い。そんな中好んで外出する人も少ないだろう。アナウンサーも不要不急の外出を控えるように繰り返し伝えている。
「電話?」
携帯電話を開くと祖父の名前が乗っている。様子見の電話だろう。
「おはよう爺ちゃん、どうしたの?」
「起きとったか、少し心配してな」
「――あぁ、大丈夫だよ爺ちゃん。もう十年も前の事だしほとんど覚えちゃいないよ」
「なら良いんだ、今日は見ての通りだからな。暖かくしておけよ、電気代は気にせんでいい」
「そう言う訳には……ううん、そうさせてもらうね。ありがとう」
「かわいい孫の為じゃ、来年には楽させてもらうさね」
心配されていた。
気持ちは分らなくもない、一人暮らしを始めて日が浅いとは言え祖父からすればたった一人の孫。血縁で残されたのは僕ただ一人だ。心配するなというのが到底無理な話だ。
昨日迄の錯乱がゆっくりと頭の中から消えていく、祖父の名前がそうさせているのだろう。
「”――逧?&繧薙?√∪繧ゅ↑縺丈ク也阜縺ッ邨ゅo繧翫∪縺”」
咄嗟に振り返っていた。
テレビから聞こえたアナウンサーの声、人の声に聞こえたようで機械的で何一つ聞き取れなかった。まるで怨嗟にも感じた不吉な音声。
「次のニュースです。第二次世界恐慌から今日で一年、中国から始まった連鎖は各国を巻き込んでいます。アメリカでも一部の都市銀行が破綻し国民は暴徒へと化している州も発生しました」
何だったんだ今のは。
昨日から続く超常現象の続きとでもいうのか、何一つ聞き取れなかった。その筈なのに何で脳内で警報が鳴っているんだ。不気味だからか、理解できないからか。
その何れでもない。
昨日から数えて幾度目か、鼓動が高鳴って心音が跳ね上がった。
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音として理解できなかった、言葉として耳では理解できなかった、こんな言葉僕は知らない、だけど頭の中ではソレを知っていた。
意味する内容だけが、ハッキリと頭の中で言葉が浮かび上がっていた。
「ご覧ください、私の居るテネシー州でも暴動が起きています。シアトル、ポートランド、サンフランシスコやロサンゼルスの西海岸から東へ東へとまるで生き物の様に世界恐慌の余波は着実にニューヨークを目指してるかの様です。これに伴いアメリカ大統領は――」
テレビからは変わらず世界恐慌の余波を受けてる各国の様子が流れている。
何処から何処までが現実だ、何処からが幻想だ。外は変わらず深々と雪が降り、トースターからは食パンの焼ける良い匂いがする。一昨日迄と同じ日常が目の前にある、変わるはずがないソレらが僕の目の前に広がる。
なのに――。
なんで、こんなにも冷静なんだ。
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