第一章 暁の空から

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第一章 暁の空から

 ハジマリノソラ――ReAct   抱き上げた体は冷たくて、見上げる空は高く、快晴だった。  時折吹く北風は、鼻の奥を刺激しては口から白く消えていく。動かなくなった元命はとても綺麗で生前と何一つ変わらない。  コレは夢か現実か。  どこまでも遠く、ただその先に何があるのか分からない程無限に続くような水平線に哀愁を感じるのは、きっと僕だけじゃない。見つめた先に何があるのか、何が待っているのか。いや、本当のところ僕が思っているような幻想なんてものは無くて、あるのは昨日までの日常と。  ――このクソッタレな現実だけ。  そう、大して大きな事を体験することもなく、大して人生に影響を及ぼすようなことも無い。それが人生で起こりうるイベントの流れで、自分から行動を起こした訳でもない。つまるところ何も起きないのが日常なんだ。  周りが騒ぎ立てるニュースは日常の一部に刺激を与える一方、七十五日も過ぎれば過去の騒ぎへと変わる。そうした刺激(ニュース)を、毎日代わる代わる溢れては消えていく。政治家の汚職から始まり小さな物では隣人のトラブル迄多岐に渡る。そんな事が世間を騒がす一方、僕の人生に深く関わる情報は一握りでしかない。  押し付けられる政治的思想、押し付けられる教養と常識、押し付けられる格差と貧富の差。  そんなイデオロギーに縛られる中、革命を起こす出来事を、人々はきっと望んでいたのだろう。  圧縮された感情は臨界点に到達した段階で爆発を起こし、爆発は周りを巻き込み連鎖反応を見せる。最初は個から次第に群へ、群から集へと繋がり、行く先は国へと連鎖する。その連鎖の先に一体何があるのか?  その答えが今目の前にある。目の前に広がっていた。  幾度となく歴史上繰り返されてきた地獄、まるで理解できない自尊(エゴ)自我(エゴ)の 対立が生んだ物。それが僕達を果て無い闘争と戦争(イデオロギー)へと駆り立てていく。  アレが欲しい、誰彼が憎い、理解できない。理由はさほど大きくもない個人的な物から宗教教義のすれ違いでも何でも構わない。自分とは別な何かが怖くて、理解できなくて、憎くて、一度始まってしまったらどちらかが折れるまで続く。  行きつく先なんて、大体がクソッタレでどうでもいい事なんだ。  眼下に広がる昨日迄の日常はあっけなく崩壊し、瞳に映るのは瓦礫の山とかつて賑わっていた人々の夢の跡。  誰もが望んでいた明日と言う名の今日、不変で代わり映えの無いものだとしても人々はそれらを渇望している。それが人間であり、知性有りと叫ぶこの星の住人。それが唐突に打ち砕かれたとなればどうだろうか?  一つの時代が、一つの夢が崩れた。その瞬間を目撃した人は錯乱し、絶望する。  昨日までの日常はもうどこにも残っていない、残された物なんて何一つ残っていない。それが戦争で、闘争で――先にも後にも残された者が見つめることを許されたこの景色だった。  あぁ、もうどうでも良いんだ。  日常を望み、平穏を望み、何不自由なく僕の人生を謳歌するだけの世界であれば、それで良かった。こんなモノ(・・)僕の望んだものじゃない。  家族も、友達も、学校も何もかもが無くなって、僕の青春はもう何も残っていない。残されていない、残りの僕の物語には一体何が記されるのだろう。  人生は一冊の本だ、僕に残されたこの本の未来のページには一体何が書かれているのだろうか。今は見る事も出来ないその未来への空白に向かって涙がこぼれる。  誰がこんな事を望んだ。  誰がこんな未来を渇望した。  誰がこんな世界を想像できた。  足元から崩れる体、頬を伝わる大粒の涙、どこまでも広がる空に絶え間ない叫び声を挙げ絶望する。何が良き未来のためだ、何が素晴らしい世界のためだ、何が……何が。  何が?  閉じていた瞳に映ったソレは、眼下に広がる異常よりよっぽど(たち)の悪いものだと即座に理解できた。いや、理解できたのは実のところ一握りで、実際なところ何も理解できていなかった。 「なんだよコレっ!(・・・・・・・・)」  思考回路が追い付かない、目の前で何が起きているのか理解が出来ない。超常現象の類か、はたまた僕の気が狂ってしまったのか。  どこまでも高く、雲一つないその空に亀裂が入っていた。  亀裂は連鎖的に広がって、空全体に巨大なヒビが入っていく。ガラスに亀裂が入った時と同じように。そう、世界同時多発的に起きたソレは戦争より質が悪く、常人の理解には苦しむ現象。まるで出来の悪い映画みたいに。  空が、壊れていた――。  西暦一九九九年。  第二次世界恐慌から始まった世界情勢の不安定化、既存の概念が崩壊するまでそう時間はかからなかった。大企業の倒産、連鎖的に困難な資金繰りから破滅へのカウントダウンが始まっていた世界中のありとあらゆる企業の解体。  資本主義の終わりとテレビからは毎日のようにアナウンサーが繰り返し、必要以上に繰り返し伝えられていた。銀行・企業の破綻、失業の連鎖。世界中でほぼ同時多発的に引き起こされた悪魔の所業。国としての歯車が破綻すれば起こることは一つ。  幾多にも起きた歴史の教科書がソレを語っている。  お前の羊をすべて寄こせ(元来戦争とはそういうもの)だ。  何も難しい事じゃない、過去に起きた事例から容易に想像がつく出来事だ。楽観視している人でない限りそれが頭をよぎるのは何も不自然な事ではなかった。  だから起こるべきして起こったのだ。  第三次世界大戦(おわりのはじまり)。  資源を求めて欲望を露わにした国家はもう止まることが出来ない。止まってしまえば飢えてしまうのは自分達だ。進むしかなかった。自国で補えるものではたかが知れている。だからこそ侵略したのだ。  しかし、こんな小さな島国に一体何を求めて侵略してきたのだろう。周辺海域の占領権だろうか、元々資源の少ないこの国にとって侵略するメリットなんてたかが知れている。強いて言うのなれば先の話になるだろうか。  そう、簡単に言えばただの巻き添えなのだ。  手ごろな場所にある手ごろな簡易的資源を求めて侵略をしてきた隣国、奇襲を仕掛けられ大部分が破壊された時には既に抗えるだけの戦力は残ってはいなかった。  出来ることと言えば局地的な防衛程度だろう。世界有数の練度を持つ自衛隊が残された重要拠点の防衛に努めている。  だが、最強の石では津波を防ぐことは出来ない。  散発的に仕掛けられる大規模攻撃に対し、抵抗できるのはほんの一握りな防衛カ所だけなのだ。守り切れなかった場所は――言葉にするのもおぞましい結果となっていた。  それが僕の地元だったり、地方のなんて事の無い街、村。出血を用いてこちらの体力を削る戦術的攻撃(ドクトリン)はとても功を奏していた。  そして、世界の半分が攻撃を受けて数日。  生き残った人類は同時多発的にソレを目撃することになる。  継ぎはぎだらけの空、場所によっては日中にもかかわらず夜が差し込んできている。そんな異常事態を世界中で観測されていた。  まるで世界が終わりを告げるように、世紀末の終焉を目撃しているような、化学では証明できない出来事が見上げる空で起きていた。  これで世界が終わってしまうのならそれもまた一つの物語の終焉なのだろう。と、脊髄反射で終末論者達が口を揃えて唱える。  一体どちらが現実逃避をしているのか分からなくなる。ラジオから聞こえてくるのは両者の罵倒と怨嗟ばかり。  あぁ……神様。  多くは望まない、多くは期待しない。だから一つだけ教えて欲しい。もしも神等と言う超次元の存在が本当に居るのであれば答えてほしい。  貴方は一体何がしたいのだ、人類を救う事が使命ならコレは一体何なのだ。この状況を作り出して誰が得をするんだ、誰がこれを是とするんだ。  答えろ、答えろよ神と自称する超常現象共。  この世界は一体なんだ、この空は一体なんだ、これは現実なのか、夢なら覚めてほしい。夢でないのなら、一体コレは何なんだ。  ふざけるな。  預言者も腰を抜かすとはまさにコレだ、生存を賭けた戦いに何人の命を犠牲にした。コレが本来あるべき姿の現実なのか、神が導いた先の未来がコレか。悪い冗談にも程がある。  返してくれ。  昨日までの日常を返してくれ、平穏だったあの日を返してくれ。  家族を、友達を、日常を。あの日を返してくれ。  泣き崩れる未来に絶望した最中、僕は意識を失った。
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