7、引きこもり

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7、引きこもり

ティーカップをソーサーの上に置くと(あかり)は叔母の茅野に率直な疑問を投げかけた。 「おばさん、お兄ちゃんが後をつけて来ているのに気がついて私、本当にびっくりしたよ。私の心配して大学を放り出したとかは思わないけど、大学3年って忙しいじゃない?就活とかさ。」 叔母、神澤茅野の家は、(あかり)と母が住むアパートから徒歩10分もかからない距離にあった。 神澤の家は大きな4LDK。東京の一軒家とは違い土地からして広い。そして、この家には(あかり)の部屋まであった。 茅野おばさんは、(あかり)の母の実姉で母より2歳上。何時もハイネックの服を来て白いエプロンをしている。綺麗にお化粧をしている。お兄ちゃんによく似た和顔の美人。(あかり)は自分の母親とつい比べてしまう。ママは、お化粧も社会人のマナー程度。ベースにチークにリップだけ。何時も適当な格好をしている…。 「あのね。あの子、引きこもりなの。(あかり)が怪我をする1ヶ月前くらい前に帰ってきて殆ど部屋から出てこないの。」 「じゃあ、私が泊まってても気配を消して二階の部屋に居たってこと?」 「そう。」 「どうしちゃったの?大学が楽しい忙しいって、入学してから碌に帰ってこなかったじゃない。」 「あの子ね、やりたいことが見つからない。将来の夢なんか無いって言うのよ。自慢じゃ無いけど、翔は勉強だけは凄く出来るでしょう?大学だって超が付く有名校。選択肢があり過ぎて分からなくなってしまったみたい…でもね、外に出られる様になったら院に進んでもいいし、留学って手もあるから見守ることにしているの。(あかり)があんな目にあってからは「俺が妹を守る!」って、少しはアクティブになったの。勿論、警察の方も(あかり)の周りに警戒してくれてると思うわ。でも、今日から(あかり)が登校すると聞いて朝から駅に向かったわ。」 (あかり)は翔が帰ってきた理由は違うと思った。おばさんも嘘をついてると何となく分かった。 「そう言えば、翔は?(あかり)!1人で帰ってきたの?」 「私は青女の子と帰ってきたよ。その子が、おばさんの家の前まで一緒にいてくれた。一人歩きはしてないよ。」 昼休みに(あかり)はフーちゃんと『お兄ちゃんを出し抜いて学校から脱出する計画』を練った。2人で壁をよじ登って通学路とは全然違う道で駅に向かって走って帰ってきた。こういう事を計画実行する時のフーちゃんはノリノリだ。 その時、(あかり)のスマホが鳴った。新しいスマホ。番号も前のと違う。 相手は誰だか見なくても分かる。思った通り液晶画面に『お兄ちゃん』の写真。 電話のマークをタップすると聞きなれた声が怒鳴ってきた。 「テメェ…一人歩きすんな!俺は、ずーっと校門の前で待ってたんだぞ!覚えてろよっ!」とガチャ切り。 「すごいわね。スピーカーじゃなくても聞こえたわ。」と茅野が呆れる。 「何時も私のことガキとかバカとか言ってくるから、たまにはね…仕返しも必要。」 (あかり)はしれっと言った。 茅野が突然大きな声を出した。 「あれ?(あかり)、『お守り』はどうしたの?まさか…付け忘れたなんて無いわよね。」 「付けているよ。今日は左腕の上の方にテープで補強してある。」 「ならいいわ。私達、田中の本家の血を引くものは『お守り』を身から離してはならないのよ。翔だって本家を『お化け屋敷』って呼んで寄り付かないけど、それだけは守っているわよ。」 「男は右手、女は左手でしょう?ママから毎日チェックされて、キリスト教の牧師のダディにまでチェックされてるよ。ブラに入れたり、それもできない時は髪に編み込んでる。」 (あかり)は制服のブラウスを脱いで、左上腕にテープで貼り付けた『お守り』を茅野に見せた。 そして、テープを丁寧にゆっくり剥がすと『お守り』を急いで左手首にかけた。 『お守り』 それは、水晶の(じゅ)だった。年に一度、本家を継いだ叔父さんのところへ行って切れたりしないように修繕や補強をしてもらう。 お兄ちゃんは本家に行きたがらないので、叔父さんが此処S県までやって来る。 この珠のデザインは独特だった。 直径5ミリの水晶球は赤い細い組紐で繋がれている。小さな水晶球は輪になり、繋ぎ目に一回り大きな赤い石。そこから赤い組紐は太く長く伸びている。15センチ。その先に直径1.5センチの水晶球が下がっている。最後に糸留めのように赤い石。 「このデカい方の(たま)が無きゃあマシなのによ。」と翔は良く言って輪の方に長い組紐を巻き付けていた。 頭がいいのに、これを外すと死ぬと信じているようで何時も律儀に右の手首に嵌めていた。 お守りの本当の呼び名は『護り珠(まもりじゅ)』という。 ガチャン!バン!という大きな音が玄関の方からした。 その後、ドスドス踏み鳴らすように階段を上がる音。リビングにも顔を出さないで部屋に直帰の翔が立てる音。それを聞いて(あかり)はニヤニヤしながら「ざまぁ…だよ。」と心の中で呟いた。
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