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23、同窓会
葵の元に高校卒業10周年の同窓会の案内状が届いた。
僕は行こうかどうしようか迷った。神澤が来るかもしれないから……迷った。神澤が幸せそうだったら結構堪える。不幸でも堪える。
そんな思いがあったが結局、行くことにした。僕自身がケジメをつける良い機会になると思ったからだ。
2年前に僕の父は亡くなった。84歳だった。
父が亡くなってから、僕に対して口煩くなった一也兄さんから「彼女はいないのか?結婚しないのか?」と詰められていた。最近はお見合い話まで持ちかけてくる。親代わりのつもりらしい。
神澤が来ても来なくても会いたい友人は他にもいる。
同窓会は都内の5つ星シティホテルのバンケットルームで開かれる。会費が高い。30,000円。これが払える奴しか来るなってことかな。
金曜日は患者さんが多い。「早川メンタルクリニック」は木曜日が休診なので金曜は特に混む。外来が終わった時には同窓会は始まっている時間だった。
僕は着替えるために自宅に一度戻ってから、タクシーで会場に向かった。医者って白衣で誤魔化していて、結構服装はカジュアルだから。
僕が会場に入ると女の子たちが話しかけてくる。話したことがある子もない子も。。。みんな百合ババアと同じ雰囲気で嫌だったけど、そこは如才なく失礼のないように対応した。絶対に個人情報を漏らさない。顔は笑っていても、考えてることは別だ。女どもが何を狙っているのかなんて僕にはお見通しだよ。
「あ、早川。うわっ、女どもがエゲツなく群がってる。」
「そりゃ、そうだよ。独身の大病院のおぼっちゃま。あいつ本人じゃなくても人脈だけでも垂涎モノだ。」
「まぁ、ビッチ共もアラサーだから後がない。必死だな。」
「昔は俺たちと遊んでいたのにな。女って賞味期限があるからな。俺たちが独身でも今なら遊びもしないわな。」
「そう。そう。遊びと結婚は別。結婚は、釣り合う相手と既にしました〜ってとこだね。」
翔は自分の同類たちと話していた。みんな大企業のサラリーマンや国家公務員、会社経営者、フリーランスでも稼いでいる奴。
高校時代は、そこそこモテて適当にビッチと遊んでいた仲間。みんな既に既婚で子持ち。
配偶者は身元がしっかりしている女。互いの実家の釣り合いが取れている相手。
「ちょっと行ってくるわ。」と翔はスタスタと賞味期限間近が集まっている方に近づいていった。
スーツが多い元男子生徒の中で翔は略礼装の和服だった。肩より長い髪を縛りもせずに歩く姿は目立った。
「葵ちゃ〜ん。遅い!待ってたのよぅ。」
翔は葵に抱きつくと、葵にまとわりついていた元女子生徒達の方を向いた。
「テメェら!エゲツなさすぎんだよ!早川を、どチビで問題外って言ってじゃんかよ!それがなんで媚びってんだよ!気持ち悪りっ!婚活パーティじゃねんだよ!同窓会!アッチ行け!俺が誰とヤったか言うぞ!大声で!ここで!」
翔が怒鳴ると蜘蛛の子を散らしたように女の子たちは翔と葵の前から居なくなった。
葵は苦笑しながら「君は相変わらずだねぇ。なんで誰と付き合っても長続きしなかったのか、その理由が今分かったよ。」と言った。
「元気?」
「ま〜そこそこだな。好き勝手やってる。あ、コレ見る?」と言って翔は袂からスマホを出した。
「あ〜、これ。」と言って翔が差し出した画面は写真だった。小さな男の子が2人並んでいる写真。
「子供っていいもんだぜ〜。テメェも早く結婚しろよ。」
葵は動揺しているのを必死に抑えた。代わりに「君は幸せ?」と翔に尋ねた。
「うん。まぁまぁできた女房だな。俺がフラフラしててもスルーしてくれる。だから、俺は昔と同じ。いつも彼女もち。」
葵は抑えていた感情が爆発した。
「君は性的におかしいよ!精神科にかかることを勧めるよ!僕のところに来いよ!」と言って名刺入れから名刺を一枚抜くと翔に押し付けた。
穏やかな性格の葵が突然キレたので「ああ……ありがとう。」と言って翔は受け取った。
翔はスマホと名刺を袂に入れると「んじゃ、また…。」と言って離れていった。
葵は、会場の壁際に並べられた椅子に座ると頭を抱えた。
翔……君はどうして気がつかない?君の2人の子供…大きい方の子は僕にそっくりじゃないか。
陽……君は何を考えているんだ。あの子は僕達が別れた日の子供だろう?
同窓会が終わり、それぞれ帰宅する者、気が合う同士で二次会をするグループ、恐らく火がつきそうな男女と…様々な組み合わせでホテルを後にする。同窓会は人生を変える出会いの場だ。葵はフロントで宿泊手続きをする翔を見て、そばによって声をかけた。
「なんだよ。泊まるの?」
「これから奥多摩に帰れるかよ。電車が無えよ。」
「そうだね。」と言って葵はフロントの近くにいる人間を見回した。
相手は、この女かと思う女の目星はついた。翔と同類だ。某政党の青年部部長。既婚者。既婚者は既婚者同士、後腐れのないワンナイトかと葵は呆れてしまった。
翔が「早川は帰るのか?」と訊いてきたので「当たり前だよ。土曜日も仕事だもん。」と葵は言って手を振った。
ホテルのタクシー乗り場からタクシーに乗って帰ることにした。
写真の子供は確かに自分の子供だと思う。でも、それだけだ。神澤と陽は頭がおかしい夫婦だとしか思わなかった。
今更、巻き込まれたくない。
今日の同窓会も最悪だった。頭がいい子供の集まりだったはずなのに、揃いも揃って欲にまみれた歪な大人になりやがって。みんな自分をエリートだと思ってるんだろう?笑っちゃうね。僕は、一也兄さんに頼んで、まともな神経を持った女性と見合いをしよう。それが1番正しい。
そう考える葵は自分も歪な大人の1人だという事実に気がついていなかった。
翔が水川に帰ってきたのは翌日の夕方近くだった。
母家の引き戸を開けると無言で家に上がる。陽は居たが、頭から毛布を被って胎児のような姿勢で眠っていた。
子供たちは親父と本殿の方にいるのか家には陽だけだった。翔は奥の部屋に入ると着物を脱いで衣紋がけにかけ出した。途中で同窓会でもらった名刺を全部ゴミ箱に捨てた。
「名刺交換なんて営業か?マウントかよ。」と独り言が口をついて出た。
翔は白衣に着替えると、うるさいオヤジがいる本殿に向かった。
翔が出ていった気配を察して、陽がノロノロと動き出した。
翔がゴミを捨てたゴミ箱をかき回す。
読めないのは違う人の名刺。あの人のは読める。名前だけは。すぐ読める。姓は簡単な漢字。名前は傘のような形。
面倒になって、ゴミ箱をひっくり返した。名刺だけを全部抜き取る。ゆっくり、一枚一枚確認しながら……見つけた!
この1枚以外は本当のゴミだ。
少しヨレてしまっているけど、大事な大事なもの。それを持って陽は泣いていた。
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