25、光(ひかる)

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僕と子供達と(あかり)、晃さんでテーブルを囲んで夕食を食べた。作ったのは晃さん。 (あかり)は、まだ余り食べられない。でも、無理をしてでも食べている。子供達の前では、明るく振る舞っている。 「今日来たこの方は、お母さんの病気を診てくれるお医者さんなのよ。これからは『先生』と呼ぶのよ。わかった?」 「うん。先生、遊んでくれてありがとうございます。」と光が言うと海斗も「ありがとうございます。」と2人揃って小さな頭を下げた。 葵も「いやぁ、先生も若い子と遊べて楽しかった。」と冗談まじりに言った。 「ねーねー、若い子ってどう言う意味?」と光が無邪気なツッコミを入れて来た。 子供達が寝てしまうと(あかり)が、浴衣に羽織姿で葵に羽織を渡した。 「この家には離れがあります。其処に床を延べてありますので、ご案内します。」 葵は、ランタンを持った陽の後をついて外を歩いた。3、4分歩いたところに小さな平家の日本家屋があった。 中に入ると広さは10畳ほど。「最小限の水回りはあります。此処は田中家の分家の方々がお越しになった時に使われています。」 (あかり)が言った通りに布団が敷かれていた。 「これから、あなたには到底信じられない話をする。これを見て。」 (あかり)の左手に珠がかかっていた。無色透明な珠。紐が下がっていて先に1.5センチほどの透明な球が付いていた。 無色透明の球が青く光出した。珠も青い。その青は以前の陽の目の色だった。 「葵、これが私の力。私たち田中家、本家の血筋の者は皆不思議な力を持っている。亡くなった叔母さんも私のママも。叔父さんは人の心を読む。 叔父さんはね、私の心だけは読めなかったんだって。葵が来た今日、初めて読めたって言って私に泣いて謝った。お兄ちゃんが、ずっと前から私に想いを寄せていたのを叔父さんは知っていた。それで、お兄ちゃんを焚きつけた。 私に好きな人がいるなんて考えもしなかったって。私の心は読めないし、私達は付き合っているのを隠していたもの。 しょうがないよね………あの頃、私達は時間を待っていた。葵は私が高校を卒業したらママに正式に挨拶するつもりで、私は葵がお医者さんになるのを待っていた。私達、二人ともバカだったと思うよ。 確かなのは『今』だけなの。何一つ、先送りにしてはいけなかった……。 叔父さんは……今はお父さんだけど……私に言ったの。「(あかり)のしたいようにしろ」って。だから、葵をここに泊まらせた。 それからね、私達は寿命が短いの。葵もよく知ってる茅野叔母さんは49歳、私のママは48歳で亡くなった。 50歳の誕生日はないんだって。ひっ光も、かっ海斗も………同じ運命なの…。私がお母さんだから………。」 (あかり)は声を詰まらせながら、涙を溢しながら、大事な人に話さなければならない事を話した。 「私が葵のクリニックに行った理由は、夢を叶えてお医者さんになった葵が見たかったの。本当にそれだけなの。先送りにしたら死んじゃうかもしれないから。」 この荒唐無稽な陽の告白を葵は信じた。 「全員が全員早死にするわけじゃないんだろう?」 「ごく稀に長生きの者がいるって。」 「じゃあ、(あかり)も光も海斗もそうなる!稀なる3人になるんだ!君が話したことには矛盾がある。今しかないと言いながら、遠い先を心配して嘆いている。子供達は小さいんだよ。未来しか感じさせないくらい小さいんだ。 人生の終わりがいつになるのかなんて誰もわからない。正直に心のままに行動しようよ。これからは!」 「勿論、そのつもりよ。痩せちゃって気持ち悪いかもしれないけど、一緒に寝ようよ。」と陽は笑った。 (あかり)は羽織を脱いで自分の帯を解いた。葵が羽織を脱ぐと(あかり)が葵の帯に手をかけた。 (あかり)の身体は、本当に痩せていてアザだらけだった。鎖骨が居場所を主張していた。肋骨も透けて見えるようだった。 葵は、壊れ物を丁寧に扱うように彼女に触れた。浮き出した鎖骨に肋骨にキスをした。背中の傷にも、翔が付けたアザ全部にキスをしていった。 それは一つの治療だったのかもしれない。お互いが傷ついた傷、7年分の傷を癒やしあうような穏やかな夜になった。 葵は、ヴァニラ ムスクの香りに包まれ幸福感を味わった。 そして、この女性は自分の妻だと確信した。 「われのいとおしきつま」 あの言葉は葵を探していた。消えた記憶の底の底で私の心は覚えていた。 (あかり)は母家に戻る途中、そんなことを考えていた。 次の日の朝早く、葵は朝早くお暇させていただくことにした。 (あかり)と晃さん、子供二人も石段の下まで見送ってくれた。葵は4人の写真をスマホで撮らせてもらった。 奥多摩駅までの徒歩の道、写真を見ながら葵が歩いていると急に風が強く吹いた。上に向かって。葵が風に誘われて見上げると山道の脇の木の枝が激しく揺れていた。赤い光が一瞬射したような気がした。 長い時間立ち尽くして空を見ていた気がしたが、時計を見ると、そんなことはない。 また、駅までの道を歩き出した。 「また、2週間後。」と独り言を言いながら。
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