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5、背中の傷
昼休みの後の授業は体育だった。
陽は、先生から「今日は見学にしておきましょう。」と言われ、クラスメイトがバドミントンをしているのを座って見ていた。格好だけの体育の時間になった。
授業が終わるとロッカールームで体操着から制服に着替える。
陽は、隅っこで目立たないように着替えていた。壁を背にして体操服の上着に手をかけた。
「田中さん」
名前を呼ばれて顔を上げると、それは学級委員長の岩城の声だった。
「みんなを代表して言うわね。ここに居る皆が不安なの。だから本当のことを話して。田中さんの腕の傷、それって防御創でしょ?他に傷つけられた所はあるの?」
クラスメイト達の不安気な顔を見て、陽の覚悟はついた。
陽は体操服の裾を後ろ手で掴むと持ち上げた。背中を皆の前に見せた。
傷は右肩甲骨から始まり、左に向かって背中を斜めに走っていた。まだ、縫われた傷口が盛り上がっている。
クラスメイト達の声無き声が、感情が、息を呑むのがわかった。
見る方も気持ち悪いだろうなと陽は思った。
岩城が「もう、いいわ。」と言ったので、陽は制服のシャツを着た。
「田中さん。あなたは犯人の顔を見ているんでしょう?なのに何故犯人は捕まらないの?あなたもご存知だと思うけれど、あなた以外の被害者は全員亡くなっている。犯人は捕まっていない。市内全域でパトロールが強化されている。私たちも夜間外出禁止なの。青女の生徒は親に厳しく監視されている。カレに会いたくても会えないのよ。あなたは警察に協力。。」岩城がそこまで言った時、陽は叫んだ。
「私には何もできない!私には記憶がない!事件そのものの記憶が無いの!」
「。。。意味がよく分からないわ。田中さん、それはどう言うこと?」
「あの日、夜遅くに家を飛び出したのは覚えている。。。月が。。。三日月の月が出ていた。。。覚えているのは、それだけなの。目が覚めたら病院にいたの。」
陽からすれば逆に聞きたかった。岩城が言うまで他にも被害者がいるとは思いもしなかった。
「岩城さん、私以外の被害者って何人いるの?みんな死んだの?殺されたの?」と言うと、陽は堰を切ったように泣き出した。
岩城は、今し方自分がしたこと、言ったことは、犯罪被害者を鞭打つ行いだったと気がついた。
「ごめんなさい。1番辛い思いをしたのは田中さんだって忘れていたわ。本当にごめんね。」
岩城が陽を抱きしめて「ごめんなさい」を繰り返しても、陽の涙は暫く止まることはなかった。
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