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6、8月4日
毎年の夏休み。陽はオーストラリアに行って父ポールと面会する。
それは離婚の時、ポールと穂月が交わした約束だった。
現実にそれが実行され始めたのは陽が10歳の夏からだった。子供1人で飛行機に乗っても、シドニー国際空港に着くとダディが車でお迎えに来ていた。
ダディの教会は空港から車で6時間かかる。陽は教会に通ってくる子供達と遊んで一夏を過ごす。南半球は冬で日本とは真逆の季節。
陽が目立つこともない。金髪も青い目も普通に個性で済まされる。友達みんなが、陽のことを「シャイン」と呼ぶ。
陽は何時も思う。「シャイン」が本名なんだけどな…生まれた時の名前は「シャイン・アカリ・テイラー」なんだから。
10歳から毎年の夏休み、陽はオーストラリアで1ヶ月を過ごした。
字がよく読めないのは英語でも同じだった。でも、毎年1ヶ月留学しているのと同じで、耳で学んで口で「今のどう言う意味?」とオージーの友達に訊けば教えてくれた。
父と母は、普段から1週間に一度、FaceTimeで話をしている。母の英語は綺麗な発音のブリティッシュイングリッシュ。そこにも陽が混ざる時もある。だから陽は英会話だけはネイティブ並みに話せた。
青女のクラスメイトもビックリする。でも、必ずみんなが言う。
「発音が、イングリッシュとは思えない。」…オーストラリア訛りが酷いのだ。
毎年8月は、陽の「イベント月」だった。オーストラリア、シドニー周辺は過ごしやすい季節だ。幼馴染がたくさんいる。ダディの教会のお手伝いも楽しい。
金髪で青い目の陽が自分らしく自由でいられる場所は日本には無かった。
今年の夏も行くはずだったのに母からストップをかけられた。
「夏休みに今後のことをママとじっくり話し合いましょう。」
『今後のこと』とは進路のことだと陽は察した。考えてなかった訳ではなかった。字を読むのに酷く時間がかかる自分に何ができるかなと考えていたつもりだった。
8月4日の夜、母と娘は2人で今後のことを話し合った。
陽は、その時に一枚の絵を筒の様に丸めて持っていた。それを母、穂月に渡して言った。
「それはフーちゃんが描いたの。上手でしょう?私は未だ下手っぴだから…上手に描けるように専門学校に行きたいの。入学試験の無い学校で。そこで絵を習うの。字を読む仕事は無理よ。資格も取れない。」
穂月は絵を見ると顔色を変えた。
それは繊細な線で描かれたBLのラブシーンのイラストだった。穂月が冷静だったら、ふみこの絵の技量の高さに目が行ったことだろう。だが、穂月は描かれていた裸の男性が抱き合う姿を見た瞬間にキレてしまった。
「絵ってコレなの?こういうのを描くの?それを仕事にするの?内田さんも陽もこんなもの描いていたの?18の娘が男の同性愛の、それも、こんな…穢らわしい!」
「ママ、これはBLという一つのジャンルよ。愛には色々な形があるのよ。一度、BLの本を読んでみて…そしたら分かるから…」
「そんなモノ読みたくないっ!」と穂月は叫ぶと絵を二つに引き裂き、くちゃくちゃに丸めると陽の方に投げつけた。
「酷い!フーちゃんは凄く絵が上手いのに!私にプレゼントしてくれたのよ!それを…こんな…」
陽は、紙屑になってしまった絵を拾って胸に抱くと母親を睨みつけた。
「ママには想像力と柔軟性が欠けているのよ!だから離婚になったんでしょう?離婚しても毎週FaceTimeするくらい仲がいいのに!どうして離婚なんかしたのよ!私がシドニーで育っていたら、日本になんか来なければ、見た目でイジメられることも無かったんだよ!おまけに私は字も碌に読めないバカで出来ることはすごく少ないんだよ!考えてよ!私のことを本当に心配してるんなら、私の意志を尊重してよ!」
陽は言いたいことを言うと、ふみこの絵だった紙屑を自分の部屋に置き、玄関のドアを開けて外に飛び出した。
あれは何時ごろだった?
覚えているのは月…三日月。
私は安心できる何処かに行こうとしていた…気がする。
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