8人が本棚に入れています
本棚に追加
9、ジャック・オー・ランタン
内田ふみこは、青葉女子学園に「腐女子の園」という非公認クラブを作っていた。陽は勿論メンバーで他にも3人の女の子がクラブに入っていた。みんな学校では大人しい。家で絵を描いては集まって見せ合う。学校は厳しくて、このようなジャンルの絵は見つかったら没収、そして親にチクられ大騒ぎになる。だから、集まるのは学校の外だった。
メンバー全員が現実の恋愛には程遠い雰囲気を持っていた。
ふみこの画力はズバ抜けていて、陽も他のメンバーと同様にクラブの時は、ふみこを「師範」と呼んでいた。
ふみこが青葉女子学園に入った理由を陽は知っていた。
大学受験で超難関の国立の美術学校に入るためだった。ふみこの学力は高く青葉女子ではテッパンの1位。中学受験の時、ふみこの両親は東京の私立進学校への受験を奨めた。親との大バトルの末に青女に進学した。
ふみこにとって絵は遊びではない。勉強の時間より絵を描く時間を取ったのだ。
基礎の基礎であるデッサンや平面構成の研鑽を中学1年から積んでいた。ふみこは日本画家になるのが夢だった。
陽は、ドライなフーちゃんが自分だけに将来の夢を語ってくれたことが嬉しかった。
内田ふみこは、陽にとって大好きな友達であり、尊敬できる人間だった。
憧れのフーちゃんが「命をかけてもいい」というアートの世界に自分も居たいと思った。それで陽はふみこの絵を母親に見せた。
「腐女子の園」の活動は年に数回。活動内容は家で描いた自作のイラストをファミレスで見せ合う。
その後は、個々のオタク趣味についてお喋りする。師範は、殆ど自作のイラストを持ってこない。時間が惜しいのだと陽には分かっていた。
そのクラブ活動で最大のイベントがハロウィンだった。
腐女子と呼ばれる無害で少し幼い雰囲気を纏った女の子達の細やかなイベント。仮装して渋谷を歩く…それだけで1年で1番楽しい日。
その年は、陽が被害者となってしまった事件のせいで親も学校もピリピリしていた。
グループ行動をする。陽の従兄弟とふみこの叔父、男性2人が付き添う。日没までには自宅に帰る。この条件でメンバー全員が一緒に渋谷に行くことを許可された。陽たちのハロウィンは31日ではなく、その前の週の土曜日となった。
当日、朝10時に女子高生5人とお兄さんとオジサンはO宮駅に集合した。
女の子は、みんな思い思いのコスプレをしていた。フーちゃんは何故か意味不明なサンタクロース。他の子達はウサギの着ぐるみや天使の羽をつけて輪っかを頭に乗せていたり、アニメの萌えキャラもいた。
陽は自分の個性を最大限生かせる「不思議の国のアリス」。膝丈の薄青のドレスを着て白いエプロンをかける。金髪も青い目も自前で行ける。リボンがついた黒いヘアバンドに白いタイツ、黒い靴。
ただ、傷のある肘から手首はアームカバーをしていた。護り珠は定位置の左手首。
駅で全員揃ってから自己紹介をして、電車で渋谷に向かった。
渋谷に着くなり、師範が叔父に向かって大声で言った。
「ここからは、私たちと少しだけ距離を取ってください!面倒なら放し飼いでいいですから!」
「ふみこがそう言うなら従うよ。2、3メートルは距離を取ろう。いいよな?大丈夫だよ。神澤くん。」
翔は、内心、すごく陽を心配していた。家に閉じ込めて置きたかった。
もしも、ここで犯人に襲われたら?犯人が「無敵の人」と言われるパーソナリティーの持ち主だったら?…全員を傷つける。
内田さんも内田さんの姪も他の子たちも陽の身の上に降りかかった事件の真相を何も知らない。。。そう思いながら渋々「そうですね。撒かれて逃げられないようにしなくちゃですね。俺、陽とふみこさんにソレ、やられました…内田さん、あなたは洋画家の内田隆さんですよね。」
「は?何それ?私は好きなことをやってきただけだよ。運良くご飯が食べられてる。かなりマイナーな絵描き。」
「ご謙遜ですか。日本では確かに個展もあまり開いてらっしゃらない。でも、欧米人の方があなたの事を良く知っている。」
「神澤くん。君さぁ、ラベリングはやめようよ。君だって嫌だろう?T大生と言われるのは。今は、未だ未だ子供の女の子達を見守る男達でいいんじゃない?あの子達を見てごらんよ。あんなにニコニコしてお喋りしている。何が楽しいんだろうって想像してみたくならない?」
翔は人混みを歩く5人の女の子に目を向けた。
「この一瞬…そう…一瞬だ。一瞬は永遠なんだ。その一瞬の感情は何物にも代え難い。未だ若い君には分からないかな。」
そう言った内田隆は50代だった。
未だ未だ子供の少女達は、今年のハロウィングッズを買うために少し大きめのファンシーグッズのお店に入った。
翔と内田も少し遅れて店の半分ずつが見えるように出入り口の左右に分かれた。
翔の目は陽しか追っていない。陽はジャック・ランタンのコーナーで「カボチャ」を一つずつ手に持って考えている様子だった。
翔は陽が自分の家をカボチャだらけにするんじゃないか…と考えていた。
その時、翔は右手に“熱“を感じた。護り珠を見ると透き通った水晶が濃紺に変わっていた。あの日の夜と同じように!
慌てて陽の方を見ると…陽の手から小さなカボチャが転がり落ちた。
カボチャが床に落ちる音がする…カツン!…カボチャが少し転がって、陽はめまいを起こしたようにフラついた。
翔は慌てて陽の方に走って行った。
私は思い出した。
犯人の顔を!背中に走った衝撃!痛いより熱いだった!アイツは私に馬乗りになりメチャクチャにナイフを振るってきた。私は激しく抵抗した。その時、パトカーのサイレンが聞こえた。アイツは私という獲物を諦めて逃げた。
いい気になって私をいたぶった笑い顔はジャック・オー・ランタンみたいだった。
最初のコメントを投稿しよう!