842人が本棚に入れています
本棚に追加
次に目が覚めた時には、いつも寝息を立てている春紀の姿が見えなくて。
「春紀!?」
ガバッと起き上がり辺りを見渡す。
壁掛け時計の針はもう8時をさしていた。
まずい。寝坊した。
今日休みだからって油断して、スマホのアラームかけ忘れてしまったんだ。
リビングに向かうと、やっぱり春紀はいない。
……最悪だ。お見送りできなかった。
朝ご飯だって作れなくて。
ふと見ると、ダイニングテーブルの上にはトーストと目玉焼きのプレートが置かれている。
心なしか部屋は綺麗に片付いているし、昨日まとめておいた燃やせるゴミは既になくなっていた。
洗濯機は、乾燥の状態で回っていて。
「春紀……」
家事してから出てくれたんだ。
それに爆睡している私を起こさないで。
胸がいっぱいになりながらスマホを見る。
『たまにはゆっくり羽根のばしておいで。何時になっても大丈夫だけど、帰る前には連絡ください』
春紀からのメッセージに、涙腺が緩んだ。
なんてできた旦那様。
思えば春紀は、積極的に家事を手伝ってくれるし、私に対して文句を言ったことがない。
だからほとんど喧嘩をしたこともないのだけど。
大切にされてるってわかっている。
私のワガママや提案をなんでも聞いてくれる時点で、愛も感じる。
……だけど。
────「溺愛されたいんです!」
山田さんとの二人飲み会。
ペースアップした私は、ジョッキのビールを飲み干してそう叫んだ。
「わかる。わかるよ。今日はもう、全部吐いちゃいな」
山田さんの包み込むような言葉に絆されて、更に私の愚痴は加速する。
「だいたいですね、昨今では、契約結婚や偽装結婚でも結局は溺愛されるんですよ! どうしたって愛が深まっちゃうんです! 『愛のない結婚だったはずなのに……』とか言って、ラブラブになるのが世の常なんです! なのにですね、普通に恋愛結婚した私が溺愛されないのって、どゆこと!?」
「よくわかんないけど、言ったれ言ったれー」
喉を鳴らしながら、おかわりのビールを呷る。
そして項垂れて泣き出した。
「ううう愛されたいぃ……愛されたいよぉ……愛してるって言ってくれぇ……」
「飲もう! もう今日はとことん飲もう!」
酔ってあまり話を聞いていない山田さんと、再び乾杯をしてグラスを鳴らす。
「だけどさぁ、桃ちゃん、ホントは愛されてるんじゃないのぉ?」
山田さんがニヤリと笑う。
「あんなに秘訣教えたのに、結局昨日も仲良ししてるじゃん」
「え?」
昨日はなんにもしてない。
死ぬほど我慢して、眠りについたはず。
「ここ、しっかりキスマークついてるぞ!」
そう言って山田さんに突かれた首筋。
「え!?」
急激に心臓が高鳴って、元から熱い体温が更に上昇する。
「しっかり愛されてるじゃん」
「そんな……」
昨日のあの温もりは、夢じゃなかったの?
最初のコメントを投稿しよう!