841人が本棚に入れています
本棚に追加
**********
「桃子、愛してるよ」
春紀はうっとりとした目で私を見つめ、頬をそっと撫でた。
「君のことで頭がいっぱいだよ。他には何も要らない」
「春くん、私も……」
私を抱き締める力は強く、身動きがとれない。
「離したくない……」
切なげな声が耳元に甘く響き、ゾクッと身体を震わせる。
ずっとこうしていたい。
いつまでも彼の腕の中で、愛されていると実感していたい。
「愛してる……」
**********
「んふっ……んふっ……私も……愛してる……」
鼻息荒くスマホを操作する。
春紀に愛されるという妄想を繰り広げる自作夢小説も、そろそろ佳境にさしかかった。
ソファーで寛ぎながら妄想、それが休日のささやかな至福時間だ。
「んふっ……んふっ……、これ、サイトに投稿しちゃおうかな。ね、春紀」
ふと我に返って隣に座る春紀を見上げると、彼も何やら熱心にスマホを覗き込んでいる。
どことなく、顔が赤い気も。
「春紀……? 何見てるの?」
思わず覗き込んだ瞬間、春紀は焦ったように画面を消した。
「………………」
「………………」
「……何見てたの?」
「……なんでもない」
「いやでも」
「なんでもない」
「………………」
「………………」
……怪しい。怪しすぎる。
冷や汗をかいて目を逸らす春紀。
私に見せられないものを見ていたの?
もしかして夢小説? そんなわけない。
アダルトな画像? こんなお昼間から?
……浮気相手とのやり取り!?
「いやぁぁぁー!」
「桃子!? 落ち着け」
いや! いや! いや!
浮気なんて!
だけど春紀、さっきとても愛しそうな目でスマホを眺めてた。
まるで愛する人を思い浮かべるような目で。
あんな視線、普段私には向けてくれないのに……。
「そろそろ昼ご飯作るか」
「そ、そうだね……」
さり気なく話を逸らそうとしているし。
益々怪しい!
「俺、作るから。ももはゆっくりしてて」
「春紀?」
立ち上がりキッチンに行く春紀の背中を、キョトンとして見つめる。
やっぱりだ。
あの日職場のお弁当屋さんに来た時から、春紀の様子がおかしい。
前よりも増して家事を率先してやってくれるようになったし、プレゼントだって頻繁にしてくれる。
夜の営みだって、前よりも彼の方が積極的に求めてくれるようになった。
…………何か後ろめたいことがあるから?
一生懸命焼きそばを作り始めた彼を眺めながら、胸騒ぎにごくりと固唾を飲んだ。
最初のコメントを投稿しよう!