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……とは思ったものの。
パート帰りに向かったのは、都心のオフィス街。
夕方のがやがやとした喧噪の中、見覚えのあるビルを目指す。
サングラスにマスク、大きめのキャップを被って。
「怪しすぎるかな?」
ビルの大きな窓に映った自分を見て、少し心配になってくる。
だけどもう後戻りはできない。
目当てのビルに辿り着き、エントランスに飾ってある大きな鉢植えの裏に隠れた。
もうすぐ来るかな、春紀。
こんなふうに見張るようなことをするのは、人としてよくないと思う。
だけどどうしても気になって、心配で、いてもたってもいられない。
一目だけ、普通に皆と飲み会に向かう春紀の姿を見るだけで安心するから。
それだけで、このわだかまりはなくなるはずだから。
きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせていた矢先、私の春紀レーダーが反応した。
……もうすぐ、来る。
ごくりと固唾を飲み込む。
やがてエレベーターは一階に辿り着き、扉が開いた。
中から出てきたのは。
「春紀……」
思わず小さな声が漏れてしまう。
春紀は、若い女性と談笑しながら出てきた。
落ち着け、まだ狼狽えるのには早い。
一緒に飲み会に行く同僚の一人かもしれないし。
だけどエレベーターを出てエントランスを歩いているのは、どう見ても二人きりだ。
そのまま春紀は女性と二人、ビルから外に出て行ってしまった。
「どうして……」
飲み会っていうのは嘘だったの?
二人でどこに行くの?
あんなに楽しそうに笑っちゃって。
やっぱり春紀は、やましいことを。
脱力して、頭が真っ白になり何も考えられない。
だけど身体だけは冷静で、二人を追って私も外へ駆けだした。
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