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あとをつけて数分。
二人が入ったのは、繁華街の中の大衆居酒屋だった。
居酒屋という場所にホッとするも、二人で入る意味がわからない。
グループで飲み会って言ってなかったっけ?
やっぱり嘘を?
疑念が晴れないまま、私も居酒屋に入りバレないように離れた席で様子を窺う。
声は聞こえないけれど、二人は生ビールのジョッキを重ねていた。
とてもフランクな雰囲気だ。
席の位置的に春紀は背を向けていてどういう顔をしているのかはわからないけれど、そのかわり相手の女性の方はよく見える。
春紀より少し年上に見える、美しい人だった。
肩までの髪は内側でゆるくカールしてあり、見るからに女子力が高そう。
表情も華やかで、まさに一緒に飲んで楽しいタイプだ。
メラメラと嫉妬が沸いてくる。
春紀、今頃だらしない顔で女性に見惚れてるんだろうか。
私との時間を忘れて、息抜きをしているの?
「あー、嫁がいつもうるさくてさ」とか、愚痴を聞いてもらってない?
「春紀……」
まだ結婚して間もないのに。
こんなにすぐに浮気するなんて。
ひと通り飲んだら、ホテルに行くとか?
二人で腕を組んで、誰かに見られないか心配しながら、そのスリルすらも楽しんで。
「絶対いや!」
グビグビと生ビールを飲み干す。
そして二人をギロリと見つめた。
そんなの絶対、許さない!
なんとかして二人を止めないと。
どうやって間に入ろうか。
タイミングを見計らい、ゴクリと固唾を呑み込む。
かなり勇気がいる状況だ。
やり方を間違えたらこの店内は修羅場と化し、私達の関係にも亀裂が入る。
……もう少し、様子を見ようか。
「……おかわりください」
「しゃいっす!」
とりあえず飲み続けながら、二人が動くのをしばらく待つことに。
……だけど一時間が経過したところで、私の方が酔い潰れてしまった。
二人を見ていられないからって、ヤケ酒なんてしなければよかったと後悔する。
「もう……無理」
頭がグラグラする。
一度トイレに行って頭を冷やしてこよう。
その間に二人がいなくなっていたら、即行で春紀に電話する!
「おっと!」
席を立ったところで、目の前を通る若い男性とぶつかってしまった。
「すみません」
「こちらこそ」
目が合って、男性はニヤリと笑う。
そして隣にいた仲間と思われる人に目配せするのだった。
「あの、ちょっと通してもらえますか?」
なんだか嫌な予感がして、すぐに立ち去ろうと頭を下げる。
だけど男性は、あろうことか私の腕を掴んだ。
「ちょ……」
「ねえ、めっちゃタイプ。可愛いね」
「俺らと飲もうよ」
「いえ!」
今、旦那の浮気現場を特定していてそれどころじゃないんですとは言えなかった。
フラフラするし、思考が回らない。
早くお風呂に入ってお布団に入りたい。
……春紀と二人で。
「離してください」
力なくそう言った瞬間、驚くほどの怒号が響いた。
「もも!」
春紀の声だ。
びっくりして、心の準備もできなくて彼の顔を見られない。
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