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「俺の妻に触るな!」
いつもクールで無表情の春紀らしからぬ剣幕に、びっくりして固まる。
おかげで私の腕を掴んでいた手は離され、男達は逃げるように去って行った。
……春くん、格好いい。
好き! 好き! 好き!
心の中の私は目を輝かせてそう悶えるけれど、もう一人の私はまだ猜疑心に胸を痛めている。
「……もも、なんでここにいるの?」
声色に疑念と少しの苛立ちが混ざっていた。
私は目を逸らし、すぐには答えない。
「もしかして、やっぱりあの客と待ち合わせしてるんじゃないだろうな? 誰と飲んでるの?」
……自分のことを棚に上げて、私の浮気を疑うなんて。
春紀の手が私の腕に触れた瞬間、怒りが込み上げて思いきり振り払った。
「触らないで!」
「もも……」
こんな修羅場を披露して、お店の人にもお客さんにも申し訳ないけど。
もう我慢の限界。
「自分だって、女の人と二人で飲んでるくせに!」
「え……」
言葉と一緒に涙がじわりと滲んだ。
これ以上は、本当に皆に迷惑だから。
「私、帰る」
あとは家に帰って頭を冷やしてから話し合おう。
春紀からどんな返答が返ってくるか、この先私達がどうなるかは、全くわからないけど。
岡本家初めての危機に、まだ心も追いついていない。
「……俺も帰るよ」
「綺麗な人が待ってるんじゃない?」
「それは……」
────「岡本、お待たせー」
「遅くなって悪いな」
入り口から近づいて来た男性二人に絶句する。
「やっと仕事片付いたよ」
「先、飲んでたか?」
……まさか。
「……ホント、遅いよ」
春紀のため息交じりの一言に、やっとのことで理解する。
……もしかして、同僚の人達が遅れて来るのを二人で待っていただけ?
再び私を見つめる春紀に、恥ずかしさと情けなさでたちまち全身が沸騰する。
「あれ? もしかして春紀の奥さん?」
遅れて来た男性の一人が、私に気づいて微笑む。
「い、いつもお世話になっております!」
慌てて頭を下げる私に、男性達は何故かニヤリとして、直後春紀を見やった。
「写真よりもっと綺麗じゃん、岡本」
「そりゃあ夢中になるわな」
何を言っているのかついていけないでいると、今度はみるみるうちに春紀の顔が真っ赤になる。
男性が私に柔らかく笑った。
「岡本、会社のデスクに奥さんの写真飾ってあるんすよ」
「え!?」
「この前ちらっと見えちゃったけど、スマホの待ち受けも奥さんだった」
「え!?」
春紀が更に爆発する。
「こんばんはー、同僚ですー」
更に席にいた春紀と飲んでいた女性まで近寄り会釈をした。
「奥さん、お会いしてみたかったんです。さっきまでずっと惚気聞かされてたんですよ。岡本さん、基本奥さんの話しかしないんで」
「え!?」
「もうやめてくれ……」
真っ赤になって両手で顔を覆う春紀を、呆然として見つめていた。
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