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「これ……」
「………………」
春紀は無言のまま、私の目を見ようとしない。
だけど私が再びスマホを操作し始めると、また「あっ!」と声を上げた。
『桃子2024.3月』のフォルダの中身は、いつの間に撮っていたのか全く覚えのない私の写真だった。
料理をしているところ、爆睡しているところ、お風呂上がり、そしてニマニマと顔をだらしなく緩めながらスマホを操作している横顔。
……もしかしてこの間の、春紀との夢小説を作成していた場面だろうか。
そう、まさに春紀の浮気を疑うキッカケになった時の。
あの時春紀が嬉しそうに見ていた画面は、私の写真だったの?
たちまち顔がボンと爆発したように熱くなり、なんて言葉にしていいか困った。
春紀は浮気なんてしていなかった。
それどころか、こんなにも私のことを。
「う……」
堪らずに嗚咽と涙が零れる。
そんな私に春紀は焦った。
「ごめんって!」
私は泣きながら首を横に振る。
「嬉しいんだよ。春紀、全然好きって言ってくれないから。何をするにもこっちからだし。私、いつも不安で。こんなふうに、思ってくれてること知らなかった」
春紀は申し訳なさそうに眉を下げる。
「……悪かったよ。でも桃子、俺が好きって言ったら冷めるだろ?」
「………………」
……………………?
「……なんで?」
言っていることが全く理解できない。
私が春紀に冷めるなんて、そんなこと天変地異が起きてもあり得ない。
「……言ってたんだよ、昔。俺のこと、何考えてるかわかんないとこが好きだって」
「え!?」
どうにか記憶を辿り、微かに思い出す。
ちょうど付き合いたての頃、確かに私はそんなことを言ったかもしれない。
友達から「岡本くんなんてどこがいいの? 何考えてるかわかんないじゃん」って言われた時。
私は「なんて」と言われたことに腹が立って、春紀の魅力を熱弁したんだ。
「そこがいいの! 何考えてるかわかんないとこが! ミステリアスで格好いい! それに、わかりづらい優しさの方がキュンとくるでしょ?」
さり気なく優しいところ、物静かで穏やかなところ、照れ屋なところ、誠実なところ。
春紀の魅力はたくさんあるけれど、私だけが知っていたい。
だから春紀は、そのままがいいの。
「……確かに、言った」
「だろ? だから俺は、桃子に自分の気持ちを伝えちゃだめなんだ。伝えたら、きっとももは俺のことなんて好きじゃなくなる」
苦しそうにそんなことを言う春紀に、止めどなく愛しさが募った。
そうやって思い悩むまで、私のことを思ってくれていたの?
ものすごくわかりづらく、私のことを愛してくれていた。
「春紀!」
飛びつくように春紀に抱きついた。
「好き! 好き! 好き!」
春紀は困ったように苦笑して、私の髪を撫でる。
「俺も言ってもいいの?」
私は涙混じりに頷いた。
冷めたりなんてしないよ。
むしろもっと、春紀のことを好きになってしまった。
「……愛してる。死ぬほど」
そう耳元で囁かれ、目の前にチカチカと火花が散った。
そして。
「もも!? もも!」
卒倒するように気を失う。
春紀の溺愛は、思った以上に刺激が強かった。
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