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「春紀、お弁当作ってきた!」
「……ありがと」
桃子との交際は、率直に言って幸福でしかなかった。
彼女はいつだって俺に、全力で好意を伝えてくれる。
「はい、あーんして」
「それはちょっと……」
「いいじゃん! うちら付き合ってるんだから!」
だけどやっぱり圧が凄くて。
周りの羨望ややっかみの目も気になる。
「なんで陰キャの岡本なんかが」
俺だって知りたい。
「どうせ気まぐれだろ」
そうかもしれない。
桃子は周りの声が全く聞こえてないのか、満面の笑みで無邪気に笑う。
「春紀、大好き」
「………………」
喜びと同じくらい不安が募る。
……桃子にこんなにも好かれている理由がわからない。
俺に男としての魅力があるなんてとても思えなかった。
周りの奴らが言うように、これは一時の気まぐれで、いつかは桃子の気持ちが消えるかもしれない。
まるで惚れ薬の効力が切れるみたいに。
────「ねえ桃、岡本くんのどこがいいの?」
日直だった桃子を迎えに、放課後教室に戻った時だった。
クラスの女子のそんな声が聞こえ、ドアを開ける手を止める。
「だってあの人いつも無表情で無口だし、何考えてるかわかんないじゃん」
……今のは結構堪えた。
全くぐうの音も出ない的確な評価に、胸を抉られる。
桃子はなんて返すんだろう。
次の言葉を、耳をそばだてて待った。
すると桃子は。
「そこがいいの! 何考えてるかわかんないとこが! ミステリアスで格好いい! それに、わかりづらい優しさの方がキュンとくるでしょ?」
「………………」
思ってもみなかった答えだった。
“そこがいい”?
つまり俺は、このままずっと無口で無表情の方がいいのか。
何を考えているかわからないような、ミステリアスな男に。
そうすれば、桃子はずっと俺のことを好きでいてくれる?
一筋の光が射した気がした。
……だから俺は。
「春紀、デートしよ!」
「……いいけど」
溢れそうな桃への愛情を隠し、いつまでも追われる男を演じ続けたのだ。
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