妻が溺愛させてくれません!

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『春紀、全然好きって言ってくれないから。何をするにもこっちからだし。私、いつも不安で』  そんなふうに桃子の本音を知った時、俺は自分の馬鹿さ加減に愕然とした。  自分がずっと愛されたいと思うばかりで、桃子の気持ちを少しも理解していなかった。  桃子が今までどんな思いで俺に愛を伝えてくれたのかと思うと、たまらなく胸が苦しくなる。  だから俺は、ミステリアスな男は卒業する。  これからは飽きるほど言葉にして伝えるんだ。  俺がどんなに桃子を愛してるかってことを。  待ち合わせしたみなとみらいの展望レストラン。  夜に浮かぶ観覧車の光や港町を見下ろしながら、桃子が現れるのを待った。  かたわらには薔薇の花束と、今日渡す為のアクセサリーのプレゼント。  こんなありふれた演出は少し気恥ずかしいけど、桃子はきっと喜んでくれるはずだ。  今日だけは、俺から誘って俺から伝えるんだ。  桃子を世界一幸せな奥さんにしてみせる。 「春くん、お待たせ!」  見たことのない真新しいワンピースを着て、桃子は現れた。  喜びと期待と、緊張感が混じった彼女のはにかんだ笑顔。 この時点でもう、可愛すぎる。  連写したくなるほど。 「夜景、綺麗。舞い上がっちゃう」  嬉しそうに窓の外を眺める横顔に見惚れ、我に返ってメニューを広げた。 「何飲む? シャンパンにするか」 「あ……ごめん、私ソフトドリンクで」 「……?」  桃子がこういう席で酒を飲まないなんて珍しい。  遠慮してるんだろうか。  ……それとも。  黙って見つめる俺に、桃子は真剣な眼差しで言った。 「春くん、今日は私からも大事な話があるの」  ドキッとする。  そしてみるみるうちに嫌な予感が募った。  酒も飲まないで、大事な話?  もしかして、俺、捨てられてしまうのか?  あまりにもわかりづらくて、愛想を尽かしたとか。 「……桃子! 俺は!」  今日から生まれ変わるから! 「……あのね、子供を授かったみたいなの」 「………………」  雷に打たれたように全身に痺れが走り、桃子の言葉が何度も頭の中でこだました。  こんな青天の霹靂は、桃子に告白されて以来だ。 「………………」 「ちょっと、何か言ってよ! 春紀!」  信じられなかった。  こんなにも、気絶してしまいそうなくらい幸せな気持ちになれるんだってことが。 「う……」  たまらずに涙が溢れ、情けなくも俺は号泣した。 「あり……がと……ありがと……もも……」 「泣かないでよ。もう、私も泣けてくるから」  二人で鼻を啜って、くしゃくしゃになって微笑み合う。  なんてことだ。  今日こそは、俺が桃子を幸せにしたかったのに。  また俺は、桃子に最高の言葉を貰ってしまった。  世界一幸せなのは、この俺だ。 「ごめんね。私から話しちゃって。春紀も、大事な話があるんでしょ?」 「……ああ」  俺は涙を拭いて、彼女の手を握った。 「桃子とお腹の子を愛してます。これからも、ずっと傍にいさせてください」  桃子は滝のような涙を流し、乾杯をするのに30分はかかった。    
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