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「唐揚げ弁当ください」
「かしこまりました! 唐揚げ弁当おひとつ、」
朝、出勤する春紀を見送った後は、洗濯と掃除をして、近所のお弁当屋さんへパートに出る。
週4日間、5時間勤務で、時給は1150円。
アパレル会社で正社員として働いていた頃よりだいぶお給料は減ったけれど、この働き方が気に入ってる。
家事に専念できるし、全力で旦那さんのお世話ができるから。
「岡本さん、しゃす!」
「い、いらっしゃいませ!」
春紀の苗字で呼ばれるのにまだ慣れなくてくすぐったい。
胸のネームバッジを見て、改めて結婚したんだと噛みしめる。
「いつものください」
「デラックスのり弁ですね」
いつも来てくれる、近くで働いている建設業のお兄さん。
毎日顔を合わせるから、いつの間にか話すようになった。
「岡本さんの笑顔見ると仕事の疲れ吹き飛ぶっす」
「そうですか? たくさん食べて頑張ってくださいね!」
そう微笑むと、お兄さんは真っ赤になってヘラっと笑う。
私に対してこんな反応してくれるのは彼だけだ。
もしも彼が春紀だったらって、何度妄想したことだろう。
春紀、今頃私が作ったサンドイッチを食べているだろうか。
そして私のことを思い出してるだろうか。
そして今夜会えることを想像して早く帰りたくなってるだろうか。
「また明日も来ます!」
「ありがとう……ございました……」
ほとんど上の空で挨拶してしまった。
いけない。仕事中は旦那さんのことを考えないようにしないと。
仕事が終わったらスーパーで買い物をして、帰って洗濯物を取り込んで。
夕食の支度をして、筋トレをしている頃に春紀はいつも帰ってくる。
IT企業で働いているので、かなり多忙で残業なんて当たり前のはずなのに、彼はいつもきっちり19時に帰宅する。
春紀は仕事が早くて優秀な上に、オンオフきっちり分けるタイプのデキる男なのだ。
「桃子に会いたくて早く帰ってきた!」なんて言って、抱き締めてくれたら文句なしなのに。
「おかえりなさぁい! 会いたかったよー!」
両手を広げて喜ぶのはいつも私の方。
「……ただいま」
いつもの低いテンションでポツリとそう答える春紀に、あからさまにしょぼくれる。
せっかく美味しい夕食を用意して待っていたのに。
「これ……安かったから」
「……? なに?」
差し出された小さな紙袋を受け取り、中身を覗き込む。
「うわあ! マドレーヌだ! 薔薇の形してる! 可愛い!」
「………………」
春紀はこうして、たまにお土産を買ってきてくれる。
それはいつも、私が好きなスイーツだ。
「ありがとう! 嬉しい! 大好き!」
そう言って春紀に抱きつき、キスをせがんだ。
「んー!」
「………………」
だけど春紀は手で顔を覆い、キスをしてくれない。
また落胆して、肩を落としたその時。
ふいに彼の顔が近づき、チュッと触れるだけのキスをくれた。
「………………」
天にも昇る気持ちで、顔がだらしないほど緩む。
「ねえ! もう一回! 今度はもっと濃いいやつ!」
「……風呂入ってくる」
「待って! あ、お背中流しましょうか!?」
「……いいです」
「ちっ(舌打ち)」
風呂場に逃げられた。
だけどめげない!
「春くーん! 待っててねー! 今行くからぁ!」
こうして毎日ウザったいくらい絡んでは、逃げられる毎日を送っている。
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