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食卓に料理を並べ終えたところで春紀がお風呂から戻ってきた。
ここからが勝負だ。
「一日お疲れさま! はい、ビール!」
「ありがとう」
いつものように黙々と食事をする春紀。
そろそろ仕掛ける時だ!
「あのね、いつも来てくれるお兄さんがね」
ピタリと春紀の箸が止まった。
チャンスかもしれない。
「ライムのアカウント教えてくださいって!」
③男の影をちらつかせ、旦那をヤキモキさせる。
……どうだ!
これで少しは心配するでしょう?
焼きもちを妬くでしょう?
「………………」
「あれ?」
だけど春紀は相変わらず黙々と食べるだけで、むしろ食事スピードが上がっていく。
「いや、こ、断ったけどね! 当たり前だけど!」
もしかして、興味ない?
私のことなんて、もうどうでもいいのかな?
流石にちょっと傷ついて、食事も喉を通らない。
自棄になってビールを飲み干し、次の作戦を仕切り直す。
「あのさ、明日飲みに行ってもいい?」
④たまには家を空けて、妻の有り難みをわからせる!
「パート先の山田さんと、たまには飲みに行こうって」
山田さんに、今日の作戦の報告をする約束になっている。
ヤケ酒&愚痴を聞いてもらうコースになりそうだけど。
「……いいよ」
春紀は淡々と答えた。
「たまにはゆっくり飲んできなよ」
「……ありがとう」
優しい返答にホッとするも、やっぱりどこか寂しい。
本当に、どうでもいいって言われているみたいで。
「……場所は?」
「えっと、横浜駅」
「お店は?」
「それはまだ決まってない」
「…………そっか」
そこでまた、会話が途切れる。
「お、お土産買ってくるから。夕ご飯も作っておく」
「いいよ。一日くらい、適当にやっとくから」
「そう? ありがとう」
あまりにもすんなりと、作戦④まで終わってしまった。
……残すところは、作戦⑤のみ!
────「じゃあ、お休みなさい」
後片付けと就寝の支度を終えると、二人揃ってベッドに入る。
灯りを消して、おやすみの挨拶をして。
本当は抱きつきたい衝動に駆られているけど、そこもグッと我慢した。
おやすみなさいのキスもせがまない。
「………………」
⑤自分から誘わない!
これだけは私にとって死活問題だ。
我慢ができない。
今すぐに触れて、春紀の熱と匂いでいっぱいにしたいけど。
……今日だけは、辛抱だ。
「……今日、しないの?」
思ってもみなかった春紀の言葉に心臓が止まりそうになる。
春紀がそんなこと言うなんて。
好き! したい!
そう叫びそうになるのをすんでのところで抑えた。
「……つ、疲れてるから」
本当は、疲れてなんかないけど。
後ろ髪を引かれる思いで寝返りを打って春紀から背を向ける。
「おやすみ」
今夜は眠れそうにない。
「………………」
なんて思ってたのに、襲ってくる睡魔。
心地良く微睡んで、夢と現実の境目がわからなくなる。
「もも……」
ふいに背後から感じた温もり。
首筋にキスされ、足を絡められて胸がキュンとする。
妄想のしすぎで、ついに春紀とイチャイチャする夢まで見てしまったか。
そんなふうに夢見心地で彼を堪能しながら、いつの間にか深い眠りにおちていた。
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