#06 変身の言葉

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#06 変身の言葉

9歳のとき、 おさげの長い髪をした私は大人しくて いつも学校で男子にいじめられていた。 髪を引っ張られてシクシク泣きながら家に帰ると、 父と母は私を抱きしめて一緒に泣いて……はくれなかった。 「この子のつやっつやの髪を引っ張るなんて許せーん!」 「ほら、おまえも泣くんじゃない!強くなれ!」 二人とも近所迷惑になりそうなレベルの声で、私にそう言った。 ちび●る子ちゃんのお母さんみたいな髪型の母は、生まれつきの癖毛でどんな髪型にしても3日後にはこのパンチパーマのような形に戻ってしまうらしい。 なので、整った髪を持つ私をいつも羨ましがっていた。 「そうだ、髪型を変えよう!」 唐突に言い出した母は、その場の勢いで私を美容室に連れて行く。 訳の分からないまま私は母の注文によって、長い髪を強制的に切られてしまった。 (ひどいよ!勝手に切るなんて!) こんなの虐待だ!髪質が羨ましいからってそこまでするか?? …始めはそう思ったが、仕上がった髪を鏡に映された私は、思わず目を輝かせた。 耳にかかるくらいの長さのボーイッシュな髪型。 私の場合、大した手入れの必要もなく自然なフワフワが保てるらしい。 何だか今までの私が嘘みたい。 軽やかに動き、思ったことはすぐに口に出せそうな気がした。 そうして変身した私は、翌日例の男子にきちんと「嫌だ」と言うことができた。 ―――――― 18歳のとき、 高校から引き続き黒髪ストレートだった私は大学生になっても見た目清楚な女子だった。 片道一時間の電車通学中、ふと毎回同じ車両に乗ってくる男がいることに気付く。最初は気にしていなかったが、どうも偶然ではないらしい。 試しに車両を変えてみても、気付けば私の後ろにピッタリ付いている。そんな事が1ヶ月続き、さすがに嫌になった私はあることを思いつく。 「そうだ、髪型を変えよう」 思い切って金髪パーマに染め上げ、清楚とはかけ離れた見た目になった私はすました顔で電車に乗る。 男はその日を境に、私と同じ車両には乗らなくなった。 よく分からないが、夢から覚めたのだろう。 ―――――― 24歳のとき、 会社の規則であまり派手な格好が許されていなかったので、私は焦げ茶の髪をごく一般的な一つ結びにして通勤していた。 ある時、社会人2年目の私は初めて一人で取引先との商談を任されてしまい、不安な気持ちになる。 「そうだ、髪型を変えよう」 思い切って前髪をアップしてみた。 思い切り過ぎて周りから笑われた。 だけど、表情が分かりやすくて第一印象が良いと評判だったので、自信をもって商談に臨むことができた。 ―――――― 些細なことかもしれないけれど、髪型一つで不思議なくらいに気持ちが晴れ、自分の殻を破れるようになる。 「髪型を変えよう」は私にとって、変身するための呪文なのだ。 ―――――― 26歳のとき、 3年付き合った彼との結婚が決まる。 式ではどんなドレスを着ようかな?どんなメイクにしようかな? せっかく一生に一度の晴れ舞台。どうせなら和装も洋装もしたいよね。 和装の基本だと言って、重たいカツラを乗せたら面白いくらい似合わなかった。 一緒にいた彼も、私の父母も、隣で声に出してゲラゲラ笑う。 「そうだ、髪型を変えよう」 邪道かもしれなかったが、カツラをやめて普通のアップにしてもらった。 私にはこれが似合うみたい。 ―――――― 30歳のとき、 生まれたばかりの子供は物凄く甘えん坊。 育児休暇だったので、今だけだと思い勤務中はできなかった髪の色を明るいカラーに染めていた。 そして長いゆるふわパーマで過ごしていたのだが、子供のおむつ替えや寝かしつけで屈むことが多く、長い髪が次第に邪魔になっていく。 「そうだ、髪型を変えよう」 短くさっぱりした私は、見た目少し残念になったが手入れが簡単になったので満足した。 ―――――― 「ねぇ、お母さん。私、あの時お母さんに髪型を変えてもらってよかったよ」 44歳のとき、 病床の母の見舞いに訪れた私は、花瓶に花を飾りながら呟いた。 「でしょー?あなたの髪は可能性の塊なのよー!」 相変わらずのパンチパーマで笑う母は、少し身体がきつそうだ。 ―――――― 52歳。 介護施設の父を訪問する。 父はあの頃の元気いっぱいのうるさい父ではなくなっていた。 「かあさんやー、かあさんはどこだー?」 少し前に病気で他界した母をずっと探している。 その表情は、とても寂しそうだった。 「そうだ、髪型を変えよう――」 私は美容室に向かう。 どうみても流行とは言えないような、パンチパーマ風の髪型をチョイスして。 …そこの君、笑ったな? 通りすがりの小学生が私を見て指差してきたが、キリッと睨み返してやった。 そして施設に行き、父の部屋のドアをノックする。 父は喜んでくれるかな? 弱虫だった私に変身の呪文を教えてくれた、人生の師匠。 彼女に扮した私は、そっとドアを開いた。 〈おわり〉
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