#01 マッチョの息子と美人の娘が帰宅してきた

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#01 マッチョの息子と美人の娘が帰宅してきた

「はーい、あっちゃん!あーんして」 只今絶賛育休中、息子の(あつし)は8ヶ月。 中々慣れない離乳食に奮闘している真っ最中だ。 一人目というのもあってか、子育てはハラハラドキドキの連続。しかも夫は激務のため帰宅が遅い。 ほぼワンオペで頑張っているが、夫婦の仲は良好だ。 普段から労いの言葉もあるし、週末は夫が育児を一緒にしてくれるし、忙しいけれど満足している。 「あっちゃーん!行かないでー!」 離乳食が嫌なのか、淳はハイハイしながら離れていく。 スプーンを右手に、お手拭きを左手に、母と子の鬼ごっこが始まろうとしていた。 その時だった。 ガチャ 玄関が開く音がした。 当然ながら、仕事中の夫のはずがない。 近所に住む義母も、今日は来る予定ではないし…… 誰だろう?と玄関まで歩いていくと、 「ただいまぁ!!!」 「――??」 そこには、筋肉盛々の高校生ぐらいの少年がいた。 とにかくゴツい。 眉毛も太い。 顔がとても濃い、だけど何となく親近感のある顔が、そこにはあった。 「あ、あの……どちら様でしょうか?」 「息子の淳です」 「いや、あっちゃ……淳はまだ赤ちゃんですが」 いきなり息子を名乗る少年。 意味が分からない。 そうだ、ハイハイで隣の部屋に逃げていった本物の淳を追わなくては。 目の前の不審者のことが気になりつつも、キョロキョロしながら後ずさりする。 ところが、 「あっちゃん!あっちゃーん!……あれ?」 探せど探せど、淳の姿は見つからない。 「嘘……」 サーっと血の気が引いたような気がした。 慌てて家中を探し回るが、淳はどこにもいなかった。 窓は開いていないので、外には出ていないはずなのに。 泣きそうな顔をしていると、ゴツい方の淳が話し掛けてきた。 「俺が淳です!だから心配しないでくださいッ!!」 もろ体育会系の力強い声が響き渡る。 「心配しない訳ないでしょー!!!」 これは夢だ。悪い夢を見ているに違いない。 廊下に座り込み、思わず両手で顔を覆う。 すると、再び玄関がガチャリと開いた。 「失礼しまーす!あ、お母さんただいま!」 「!!??」 続けて中に入ってきたのは、中学生ぐらいの可愛い女の子だった。 ―――――― 「説明不足でごめんね、お母さん。私達は未来から来たの」 女の子は自称淳よりは話が通じそうだったが、急に信じられない事を話してきた。 もう何が何だか分からず固まってしまう私に、彼女はさらりと自己紹介をする。 「私は茉央(まお)。この時はまだ産まれていないけど…淳兄ちゃんの妹なの」 「え、えぇ……」 二人の顔を交互に眺める。 淳の顔は、太い眉毛は夫に似ている。そして、ぷるっぷるの太い下唇は……私だ。 8ヶ月の淳の下唇もすでにぷるぷるしていた。それが凄く可愛かった。 ああ、可愛いよ、自分譲りで凄く愛着湧くけど……そのガッチガチの筋肉との組み合わせが…… 複雑な思いをそっと横に置いて、茉央を見る。 すらっとした鼻と小さな頭は夫似かな。でも私にはあまり似ていないような気がする。 女の子だし、美人さんに産まれてくれてよかったねーと思うことにした。 まだ信じられないが、赤ちゃんの淳と入れ替わりにゴツい淳と、未来に産まれる予定の茉央が何かしらの理由があってここに現れたというのが彼らの言い分だ。 「それで、あなた達はどうしてここに?」 「えーと、それは!!!」 「ところでお母さん、今は何年の何月何日?」 淳が何か言おうとしたが、遮るように茉央が日付を訊ねてきた。 「今日は、令和5年の3月10日だけど」 「3月10日!なるほど!」 勝手に納得する茉央。この日に何かあったのだろうか。 しかし、彼女が続けて話してきたのは、あまり日付とは関係無さそうな内容だった。 「お母さんが若かった頃のアルバムが見たい!」 「え?私の?」 「この家、あと何年かしたら引っ越ししちゃうんだけど、お父さんとお母さん荷造りしてる時にアルバム失くしちゃったんだよ!だから私、見たことないの。今度学校で両親の思い出調べて発表することになってるから、使いたいの!」 ――え、この家戸建なのに引っ越すの? そして今って学校でそんな課題あるの? まじでやめて欲しいんだけど!! 「ね?淳兄ちゃん?」 「そ、そうだ!俺は妹の願いを聞くために、神様に祈ってタイムスリップしたのだッ!!」 ――そんなことってある? と思いながらも、もう驚くことに疲れてきた私は言われるがままにアルバムを取りに行った。 「お願いだから、変な写真は使わないでね…」 そう言って、アルバムを何冊か茉央に手渡した。 茉央は「わー!わー!」と嬉しそうにページをめくる。 その間ずっと、正座して真面目に妹と私を見ている淳。 一体どうしてこんなキャラになったのだろう。 不思議で仕方がなかったが、やはり息子なのだろうか、彼が可愛いと思えてしまう。 「ね、淳はどうしてこんなにムキムキになったの?」 つい訊ねてしまった。 それに対して淳は、 「大事な人を守るために修行しましたッ!!」 と意外過ぎる程のイケメン発言をした。 「好きな子でもできた?」 「彼女はまだ募集中ですッ!!今守りたいのは…家族ですッ!!」 そう言う淳は、少しだけ寂しそうな顔をしていた。 写真に夢中になりながらも、茉央はしきりに時計を気にしていた。 元の世界に戻る時間でも決まっているのだろうか。 時計の針が14時半を指す頃、 茉央はすっと立ち上がり私に言った。 「お母さんの、結婚式で着ていたドレスが見たいな」 アルバムを見て思ったのだろうか。 ドレスは2階のクローゼットにしまってあるため、出すのに時間がかかりそうだ。 この子達が帰る時間を気にしているなら、間に合うかどうか心配だった。 「いいけど…2階の奥から出すのに15分ぐらいは掛かると思うよ?時間大丈夫?」 「うん!それぐらいなら大丈夫。ゆっくりでいいよ」 急ぎではないならと、もう会わないかもしれない二人のために2階のドレスを取りに行くことにした。 「淳兄ちゃんも、お母さんのこと手伝ってきたら?」 「いや、勝手に私室に上がるのはいくら親であっても失礼だッ。下着とかあるかもしれんッ」 「親に遠慮し過ぎじゃない?……ま、仕方ないか」 リビングで待つ二人は、喋りながらアルバムをめくる。 「でもここは兄ちゃんの力の見せ所だと思うのよねー。手伝ってあげなよ」 「そ、そうか?茉央がそう言うならッ」 妹の説得に折れて、淳も2階へ上がっていく。 階段を登る音が止まる頃に、茉央はそっと玄関まで行くと、自分と淳の靴を下駄箱に隠した。 「……これで、準備よしっ」 そう呟くと、再びリビングに戻った。 ガチャリと三度目の、玄関の開く音が聞こえた。 時刻は14時35分。 リビングで一人座っている茉央に、迫りくる影。 ――そして 「キャアアア!!!!」 彼女の叫び声が響き渡る。 「何だよっ、ガキじゃねーか!」 「助けて!淳兄ちゃん!!!」 その叫びは、2階まではっきりと聞こえてきた。 「茉央ッ!!どうしたッ!?」 母よりも先に、淳は勢いよく階段を飛び降りリビングに駆け付ける。 「茉央!!!」 そこには、全身黒ずくめの見るからに怪しい男が立っていた。 「クソ、聞いてねーよ!」 男は何かに驚いているようだった。 しかし、ムキムキの淳はお構い無しに男に飛びかかり、目にも止まらぬ速さで彼の腕を掴むと床に押し倒した。 「ぐわぁ!!」 「茉央を襲うとは、許さーんッ!!!」 男もそれなりに良い体つきだったが、淳には敵わないようだ。……淳は本当に未成年なのか? 「これは、どうなってるの?茉央…大丈夫?」 少し時間差でリビングに着いた私は、取り押さえられている男の側で蹲っている茉央を抱きしめる。 「何なのですか!?あなたは!」 男をキリッと睨むと、相手はこちらを見るなり悔しそうに怒鳴ってきた。 「クソ…本当は、お前がここで死ぬはずだったんだ!でかいガキが一緒にいるなんて……聞いてねぇよ!!」 「はあ?私が、死ぬ?なんで?」 理由が分からず聞き返すと、男は衝撃的なことを話しだした。 「雇われてたんだよ!あの女から……!この計画が成功すれば、報酬で500万払うって言うからさ!」 「あの女?誰?」 「✕✕✕だよ!!」 「誰よそれ!」 それは私の知らない女性の名前だった。 しかし、二人は明らかにその名前に反応している。 淳は、青ざめた表情で目を見開いているのに対して、 茉央は「やっぱりか」と言わんばかりに辛そうな顔をしていた。 「ね、二人は……その人のこと、知ってるの?」 恐る恐る訊ねてみる。 あまり知らない方がいい…直感で思ったが、もはや見過ごすことはできなかった。 「✕✕✕は、俺達の…今の母さんだ」 「えっ」 重たい口を開いた淳が、そっと呟いた。 ―――――― 令和5年3月10日の14時40分頃、閑静な住宅街の一角で殺人事件が起きた。 被害者は28歳の主婦で、突然押し掛けた強盗に包丁で胸を刺されて死亡。犯人はそのまま逃走し、未だに見つかっていない。 当時0歳8ヶ月だった息子は無事だった。 それが淳だ。 妻を失くした夫はひどく悲しみ、食事も喉を通らず痩せ細っていったが、息子を守れるのは自分しかいないので必死に生きた。 立ち直るきっかけになったのは、当時夫の職場の後輩だった女性。 彼女が懸命に夫を支え続け、生きる希望を取り戻した。 その努力が報われ、2年後彼女と再婚し、娘が産まれた。 彼女は淳にとっても良き母となり、二人に対して分け隔てなく愛情を注いだ。 だから淳も新しい母によく懐いた。 ……表向きには、そういうことになっていた。 「俺の、本当の母さんは……病気で亡くなったんじゃなかったのか?」 「違うよ、淳兄ちゃん。」 分かっていたように、茉央が答える。 「✕✕✕…私の母は、お父さんと結婚するために、この人…淳兄ちゃんの本当のお母さんを殺したの。人を雇ってね」 「嘘だろッ!?」 「母は、この男に人殺しを依頼するために水商売で資金を集めて500万円貯めたの。この真相に、警察は気付けなかった――淳兄ちゃんが間違って認識していたのも仕方ないね。あんな事件があった後なのに2年で父と母が再婚したんだもん。周りも腫れ物扱いして、本当のことを教えてくれなかったから病気と思い込んでいたようね」 二人の会話を、ただ呆然と聞いているだけの私。 ――え、本当に私はここで死んでいたの?それで夫は2年で再婚するの? 引っ越ししたって、まさかその事件が原因? 立て続けにショッキングな事実を突きつけられる。 失神しなかっただけ褒めてほしい。 けれど、その話が全て本当だとしたら一つ気になった。 「ねぇ、茉央はさ……」 ―――――― 数分後、通報で駆け付けた警察によって、男は連行されていった。同時に夫の後輩…つまり今の二人の母親にも逮捕命令が出されたようだ。 「多分さ、この後事情聴取があると思うんだけど」 「あ、無理ね。私達もう行かなきゃいけないから」 私の問いかけに、茉央が断る。 淳はまだ落ち込んでいるようだった。 「淳兄ちゃんはね、あなたが病気で亡くなったと思っていたから病気は本当に怖いものだと思っているのよ。そしてお父さんがあなたのことを思い出すたびに落ち込むから、元気出してもらおうと声を大きく出すようになったの。……だから私、兄ちゃんをその気にさせて、すっごく強くなるように仕向けたんだ。私達家族を守れるように、強くなってくれるようにってね」 「待ってよ、ここで私が生き残ったら…夫は再婚しないってことよね?そしたら、茉央は……」 「うん、産まれてこないね」 少し寂しそうに、だけど泣くこともなく。 茉央はさらっと答える。 「なら、どうして」 「私のお母さんも、凄く後悔していたから」 「え…」 「お母さんも、こんな非道なやり方でお父さんを手に入れたこと、後から凄く後悔するんだ。でも自分が真実を話して逮捕されたら私やお父さん、淳も犯罪者の家族になってしまうから…死ぬまで黙っておくつもりだったみたいなんだけど。 やっぱり苦しかったみたいね。こんな大金まで払ったのに。……夜中に何かに向かって謝り続けてるの、見ちゃったからさ…」 結局は母親も幸せにはなれなかった。 一つの家庭を壊しておきながら。 そのことが、茉央には許せなかったのだという。 「神様にお願いしたの。タイムスリップして、あなたを助けて…母を止めたいって。そのために、この日に来なきゃいけなかったの。強くなった淳兄ちゃんと一緒に、犯人を確実に捕まえるために、私達の靴を隠してあなたが一人でいるように見せて。 淳兄ちゃんには、私の学校の課題を手伝ってもらうついでに病気で亡くなった母親にも会えるチャンスだよって言って、むりやり着いてきてもらったの」 本当に出来るなんて思ってなかったけどね、と茉央は笑う。 「淳兄ちゃんは今は落ち込んでいるけど…あなたがこれから先、ずっと一緒にいてあげたら大丈夫だと思うよ。それが新しい記憶になるんだから」 「でも、茉央はいなくなってしまうじゃない!」 気付けば私は泣いていた。 自分の存在が無くなると分かっていながら、何故ここまでできるのだろう。 「ドレス姿のあなた、とても綺麗だった。他の写真だって…。あなたが、お父さんとずっと幸せでいてくれた方が母も救われるんだと思う。今は分からないかもしれないけどね」 「茉央ッ!!」 「あーもう、淳兄ちゃん鼻水垂らして汚いよ。 ……もう本当に行かなきゃね。 ありがとう、楽しかったよ」 ハンカチで兄の涙と鼻水を拭いてあげる妹。 やっぱり彼女はできた子だ、と改めて思った。 「茉央、もし…この先、こんな私達でよければさ、 もう一度、じゃなくて次こそはうちに――」 産まれてきてよ、と言いたかったのに、言いきれないうちに二人の姿は光に包まれて消えてしまった。 「さて、今から事情聴取をお願いしたいのですが…あれ?二人のお子さんは?」 警察が不思議そうに辺りを見回す。 あんなに暑苦しい子が急に姿を消すんだもん、そりゃ驚くよね。 「ところでお母さん、隣の部屋で赤ちゃんが寝ているのですが……」 「淳!!」 そこには、何事も無かったかのように、カーペットの上で眠る我が子がいた。 下唇がぷるぷるとした、可愛い0歳の我が子が。 普段寝かしつけで苦労するくせに、今日は起こしてしまうことも躊躇わずにぎゅっと抱きしめる。 「淳、あっちゃん……」 ふわふわの髪の毛から、優しい甘い香りがした。 「ずっと、一緒だからね――」 ―――――― あれから2年経った。 結局あの時の出来事は、今でも夢を見ていたのではないかと思う。 それでも、夫の後輩が捕まったことは事実だ。 未来から来た我が子に救われるなんて、まるで映画のような話だ。 夫にこの事は話していない。言ったところで余計な罪悪感を持たせてしまいそうだから。 来年、二人目が産まれる。 その子にも淳にも、過去に戻りたいなんて一切考えることの無いくらい幸せな人生を歩ませてあげたいな。 〈おわり〉
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