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背景、確かに愛していたあなたへ。
あなたを消したよ。
欠片すら残らないよう、全部。
わたしも消えるよ。
あなたを消すなら、もういる必要もないから。
誰にも何も言わなかったよ。
全部一人で決めて、全部一人でやった。
怒られちゃうかなぁ。
もう、怒られる方法すらなくなるけれど。
……本当は、まだ帰れる。帰れてしまう。
けど、戻るつもりは無いんだ。
あなたは私の理想だった。
今では、過去形でしか言えないけれど。
いつからだろう。
たしかにあった輝きが、眩しくて見ていられなくなった。
好きだった。
愛してたよ。
好きなままでいたかった。
愛したままでいられたら良かったのに。
けれど、できなかった。
時間も余裕もなくて、擦り切れて、変わってしまった私では、変わらないあなたを愛しきれなくなってしまった。
苦しくなったよ。
忘れないとつらいのに、あなたが存在する限りきっと私はあなたを忘れられないから。
また、ついあなたに会いに行ってしまうから。
──ぽたり。
「あ」
『アカウントを削除しました。またのご利用をお待ちしております。』というどこか無機質なメッセージが表示されている画面に水滴が落ちて、自分が泣いていることに気がついた。
「……ははっ、なさけな……」
私が自分で消した。
私が自分で終わらせたのに。
自嘲しながらもぐしぐしと涙を拭って、私はスマートフォンを操作してSNSアプリを開く。
一度手を止めたら、もう何をできなくなりそうだった。
『今後更新する予定がなくなったため、作品を削除しました。ご愛読誠にありがとうございました。
このアカウントも本日の24時に削除させていただきます。突然のこととなってしまい申し訳ございません。よろしくお願いいたします。』
打ち込んで、誤字脱字のないことを確認してその文章を大してフォロワー数の多くもないアカウントに投稿すると、私はスマートフォンを枕元に放り投げて横になった。
ぼんやりしていても自覚できてしまう、心にぽっかりと穴が空いたような感覚がひどく虚しい。
いつかは忘れられるように。
もう二度と、会いに行くことのないように。
そんな理由で作品を消した。
……けれど、本当は分かっていた。
作品を消しても、時間が経っても、空いた穴は塞がりきってくれないこと。
読みに行かなくても、その穴を見ては思いだしてしまうこと。
それでも、消さずにはいられなかった。
続きを書くこともできない物語を残しておくことも、その続きを待たれることも、いつしか耐え難くなってしまった。
「……昔は、嬉しかったのになぁ」
そう、ぽつりと呟いた直後。通知音が耳に届いて、私は一つ息を吐いて枕元のスマートフォンを手に取り通知の内容を確認する。
『新着メッセージがあります。』
「メッセージ……?」
それは、匿名で感想を送信することができるサイトにメッセージがあったことを知らせる通知だった。
登録したのは随分前のことで、もう長らく通知などなかったというのに。
とりあえずは内容を確認しようと、メールに記載されたURLをタップした、先には。
『あのシリーズ、本当に大好きでした。きっとずっと忘れません。
ありがとうございました。』
……あぁ。ああ、ああ、ああ。
優しくて、甘くて、とびきり残酷な言葉。
それがどうしようもないくらい深く突き刺さって、止まっていたはずの涙がまたぼたぼたと溢れ出した。
私だって。
私だって、忘れたくなかったよ。
私だって、ずっと好きなままでいたかったよ。
なのにどうして貴方は忘れないままでお礼なんて言えるの。どうして、忘れない覚悟なんてできるの。どうして、私が眩しすぎるからと捨ててしまったものを、宝物みたいにしまいこんでしまえるの。どうして、ああ、ひどい。
言葉に優しさばかりが詰められていたから。
短い文章で本当に私の作品が好きだって分かるから、余計に残酷だと感じてしまった。
嫌いだ、酷い、残酷だ、大嫌い。
そうでも言わないと、私の意思すらぼやけてしまいそうで。
ああ、嫌だ。
「そんな資格なんて、ないくせに……!」
愛したままで、忘れないままでいられることが羨ましいと感じてしまう自分が、今更そんな言葉を貰って嬉しいと思ってしまう自分が、何よりも。
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