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3月の空気はまだ冷たくて急に寂しさが増した。鼻がつんとしてじわりと涙が浮かんできた。鼻を啜って顔を上げた。瞬間、涙が引っ込んだ。10メートル先にあくびをしながら背中を反らす瀬戸さんがいたからだ。電灯にぼんやりと照らされた小さな影が動いている。思わず「瀬戸さんなんでいるんですか」と駆け寄った。こちらを見た瀬戸さんがくっきりとした黒縁の眼鏡を掛けていたので「あ、眼鏡」と漏らした。
「普段コンタクトなんです。仮眠取る時に外しちゃったから」
「そうなんですか」と言ってから小さく首を横に振る。「じゃなくて、瀬戸さん帰らないと」
「あ、箭内さん待ち伏せてたわけじゃないですよ。こんなに早く出てくると思わなくて。ちょっと寝たらひとりで帰るつもりだったんですけど」瀬戸さんはふにゃっとした笑顔を見せた。起きたばかりなのかもしれない。「箭内さんはこれからどこ行くんですか。おじいちゃんの家行きますか」
「いえ、もう帰ろうと思って」
「じゃ、帰りましょう」と運転席のドアを開ける瀬戸さん。動かない俺を見ると「どうぞ」と言った。慌てて車に乗り込んだ。
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