2.悪役令嬢が王立学園に入学するまで

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「逃げるって……何考えてるんだよ。この枷が見えないのか? 逃げたくたって逃げられないの、見ればわかるだろっ」 「はいっ、外せた」 「……は!?」  ガシャン、ガシャンと重い音を立て、鎖付きの枷が外れる。自由になった手足を見て呆然とする少年。  ……やはり少年の力頼りにでかくなった組織だけあって、セキュリティが甘い。枷の鍵も扉の錠も、零課の中ではドベのわたしでさえ簡単に外せてしまうほどには甘い。とっとと少年を連れてお暇しよう。  少年は胡乱な目でこちらを見て、疲れたようにかぶりを振った。 「オマエ、ほんとになんなんだよ……」 「話はいいから早くおぶさって、そのガリガリな足じゃろくに走れないだろ! あと名前は?」 「クルトだけど……」 「そっか、じゃあ行くよクルト!」 「ってオマエは名乗らないのかよ――えっ?」  目を白黒させながらも文句を言っているクルトの手を掴み、無理矢理おぶろうとした、まさにその瞬間だった。不意に、クルトが裏返った声を上げた。  反射的に手を離して振り返ると、彼はわたしを見て、ひどく強張った顔をしていた。 「……クルト?」 「オマエ……貴族のお姫様なのか」 「えっ」  目を見開き、どうして、と聞こうとしてはっとする。  まさかこの子、わたしの未来を視たのか!  クルトは強張った表情のまま、真っ直ぐわたしを見る。  そして、微かに震える声で、言った。 「オマエこのままだと、死ぬぞ。首をはねられて」 「……!」  彼が告げている未来は、断罪後の死に方の話か。  首をはねられて死ぬということはつまり、公開処刑で死ぬということだ。大罪を犯した者だけに適応される処刑方法に、わたしはごくりと唾を飲み下す。 「お、おい、大丈夫か? 別に俺が見る未来は確定じゃないから、変えようと思えば……」 「クルト」 「な……なんだよ」 「僕は……いや、わたしは必ず君をここから助け出す」  告げられた未来は恐ろしかった。  断罪イベント後に死ぬことは、半ばわかっていたことだった。けれど、いざ改めて他人から突きつけられると、こうまで身体が震えるらしい。  ……だが。 「だからその代わり、一つだけお願いがある」  彼が、いれば――。  わたしの真剣な様子を感じ取ったのか、ややあってからクルトが口を開いた。「なんだよ」 「わたしが未来を変えるための、手助けをしてほしい」  *  ――そうしてわたしの相棒となり、同時に叔父からの正式なスカウトを受けて零課の一員となったクルトは、メッキメキとスパイとしての技能を伸ばしていった。わたしは三年先に訓練を始めており、しかも中身が十八歳だというのに、秒でありとあらゆるスキルレベルを追い抜かされた。……まァ端的に言ってクルトは天才だったのである。  しかも、だ。引き取られたばかりはガリガリに痩せていたくせに、スパイとしての体づくりのためにもモリモリ食べて育っていくと、クルトは驚くほど美しい少年に成長した。今では、ひとたびハニートラップをさせれば、その美貌と話術でジゴロもびっくりの手腕を見せるほどである。  兄や父や自分の顔(悪役令嬢ではあるが、わたしの顔面偏差値は一応美少女といえるレベルだ)で慣れていなかったら、一緒にいるうちにわたしもうっかり落とされていたと思う。 「……ユリア、さっきから何ボーッとしてるんだよ」 「いや、別に。ボス、遅いなあって思って」  ぼんやり回想に浸っていると、再びクルトからツッコミが入ったので、軽く誤魔化しておく。報告を上げるはずのボス、つまりは叔父がいないのは確かなので、クルトは「確かに」と、一応は納得したように頷いた。 「もうすぐ帰還なさるんじゃないかい」  黒いソファに身を沈めたままのレイモンドさんが、くつくつ笑いながら言った。  ややあってから、彼は不意に僅かに顔を上げた。そして、片目を瞑って「ホラ」と視線だけを扉に向ける。  ……と、同時に。  ギイと重い音を立てて、ゆっくりと扉が開いた。  わたしたちは弾かれたように背後を振り向く――ノックなしで零課の本拠地に足を踏み入れることが出来るのは、この世でたった一人だけだ。 「お疲れ様です、ボス」 「ああ、帰っていたか。ユリア、クルト」  無感情な声でそう言ったボス――ライナス・ヴェッケンシュタインが、かぶっていた帽子を取った。
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