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さて、入学式を終えたその翌日からは、早速授業が本格的に始まった。
ゲームの強制力か何かでか、シャルロット、わたし、アイリーン、ハンナ、レオナルド、そしてクルトの六名は当然のごとく同じクラスになった。クルトと同じクラスになれたのは有り難いが、この辺りは零課の思惑が絡んでいるのだろう。わたしはよく知らないが、ボスやレイモンドさんの言いようからして零課は有力な王族に繋がっているようなので。
「ハンナさん、アイリーンさん、お昼はどちらで召し上がるの? よろしければ一緒に食べません?」
「もちろん、ご一緒したいですわ!」
「わたくしもぜひ」
知っている内容ばかりで眠たい授業をなんとか乗り切り、わたしは近くに座っていたハンナとアイリーンを昼食に誘う。二人はにこやかに了承してくれた。
クラスの子たちは『もうユリア公女が取り巻きを作っている……』という視線を寄越してくるが、いいのだ。そもそも彼女らは取り巻きではないし、もしそう思われたとしても気にしない。攻略対象の婚約者が暴走をした時に止めるためにも、わたしは彼女らと一緒にいなければならないのだ。
そこでふと、クルトと目が合う。クルトはわたしが彼に気がついたのを見ると、声を出さずに唇だけを動かした。
『ノールとホルンベルガーか』
『うん、ノール伯爵家は完全中立、ホルンベルガー侯爵家はバリバリの王太子派。問題ないでしょ』
全てとは言わないが、大体どの家がどの立場に立っているのかという情報は、頭に入っている。
王弟派と言われる貴族の中で有名なのは、三つの家だ。筆頭は豊潤な材を持つウルリッヒ公爵家。そこに、ディーヴァルド侯爵家、ヴュール侯爵家が続く。ヴェルキアナと繋がっている可能性が高いのもその三家なのだが、いかんせん名家ぞろいで憲兵総局も捜査に二の足を踏んでいる。蜥蜴の尻尾切りでなかなか尻尾を掴めないのだ。
だが、その三家には現在、王立学園に通うような年の子はおらず、また、かの家ら出身の教師も学園には在籍していない。それはあらかじめ確認済みだ。
『ひとまずはそうだな。だが、警戒はしろよ』
『わかってる』
読唇術で短く会話をすると、わたしはハンナとアイリーンを連れて学園の食堂へ向かった。
きゃいきゃいとおしゃべりを終えながら食堂での昼食を終えると、まだ午後の授業が始まるまでは時間があった。さすがは王立学園、超一流のシェフを雇っているだけあって非常に美味しい食事だった。公爵令嬢として美食にはある程度慣れている上に、味覚の訓練も詰んでいるわたしをすら唸らせるとは……。
……素晴らしいランチを食べられた上に、久々に同年代の女子とおしゃべりができてホクホクとした気持ちだったが、生憎わたしはただの学生ではなくスパイだ。
気は乗らないが、時間ができたなら軽く校舎や寮内を歩いてみるくらいはしてみよう。スパイとしても、これから自分が潜伏――という言い方が正しいかは微妙なところだが――することになる場所のことはよく知っておきたい。
それに、本当に王立学園にネズミが潜伏しているとするなら、何かしらの目的や意図があるはず。となると、王立学園のどこかしらに、必ず、仲間やらなんやらと連絡を取るためなどを目的としたアジトがあるはずだ。
「アイリーンさん、ハンナさん。お二人はお先に教室に戻ってらして」
「え? ユリア様はどうなさるのですか」
ハンナとアイリーンはまだ話し足りないといった様子だった。わたしは少し苦笑して、ごめんなさい、と告げる。
「わたくし、少し用事がありますの」
「そうなのですか? お付き合いいたしますが……」
アイリーンがそう言ってくれる。けど、一人の方が気楽なんだよなあ。どうしよう。
断る方法を考えていると、不意に「あら!」と声を上げたハンナが目をキラキラと輝かせた。
「……もしやユリア様、そういうこと、なのですか?」
「え?」
そういうこととは? とわたしとアイリーンが目を白黒させていると、「嫌ですわ!」とハンナが夢見がちな表情で頬をおさえた。
「そうならそうと仰ってくださいな、ユリア様! ハインツ殿下のクラスをお訪ねになるのではないのですか?」
そうきたか。
アイリーンがぱちぱちと目を瞬かせ、「まあ、そうなのですか?」と言ってこちらを見る。「それならわたくし、大変お邪魔をしてしまうところでしたわ」
(いや別にそんなつもりは微塵もないんだけど……)
わたしはこの学園では、ハインツ殿下とはなるべく接触しないつもりでいるのだ。正直、嫌われて婚約破棄くらいなら全然構わない。家から国母を出したい父や親戚一同からしては絶対に避けたい事態だろうが知ったことではない。死さえ回避できれば家から追い出されても別にいいのだ――わたしは一人で生計を立てられるし、そもそもわたしは零課のスパイ、つまりは憲兵であるので。
だがまあ、そんなことを目の前の二人に正直に告げる訳にもいかない。
ハインツ殿下に会いに行く、と言うことで一人になれるのなら、そういうことにしてしまおう。
わたしはにっこりと笑い、愛用している黒檀の扇子で口許を隠した。
「……まあ、そういったところですわ」
「きゃあ!」
素敵! と声を上げるハンナ。そんな彼女を見て若干申し訳ない気持ちになりつつ、わたしはそそくさと食堂を出ていくことにした。
まずいまずい、割と目立ってしまっていたようだ。あとからクルトに小言を言われては堪らない。退散退散。
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