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いや冗談抜きでホントに何も知らない。舞台が『シルヴィア王国』で、悪役令嬢が『ユリア・ヴェッケンシュタイン』で、ヒロインが『シャルロット』であることしか知らない。
集合絵は見たことがあるので、メインヒーローと攻略対象の容姿は頑張ったら思い出せそうだが、それ以外はマッジで何も知らん。どうすんだオイ。初っ端から人生ハードモードか?
あと、わたしが知っていることと言えば――ゲーマー従兄が謎に乙女ゲームにハマっていた時に教えられたことだが――ユリアがクズオブクズの雑魚(笑)で、なんやかんやしてから学園とやらの創立記念パーティー、つまるところの断罪イベントであっけなく死ぬ運命を決定づけられる、ということくらいだ。
わたしは断罪イベに行き着くなんやかんやは見ているはずなのだが、そこだけ思い出せない。馬鹿野郎そのなんやかんやが知りたいんだっちゅうねん。
端的に言って詰みである。
拝啓前世のわたし様。ふざけんな。敬具。今世のわたしより。
「いや、待て」諦めるな。諦めたらそこで試合終了だって某先生も言っているだろう、まあわたしの場合は人生だけどな。「今持ってる情報からも推測できることはあるはず……」
……メインキャラクターのビジュアルはなんとか思い出せそうなのだ。そこからどうにかできないだろうか。
恐らくメインヒーローは第一王子のハインツ殿下、だろう。なんかそんな気がする。
ハインツ殿下はシルヴィアの貴色である銀の髪を持つ、絶世の美青年だ。今世で両親に紹介されて何度も遊んだことがあるので、恐らくあの美幼児があのキラキラ王子になるのは間違いない。
それに、彼はユリアが想いを寄せていた幼馴染みで……、
……あっ、もしかしてそういうこと?
ハイハイハイもうわかった。これからの展開、わかっちゃったよ。そも、公女と王子を幼馴染にする意図などそれくらいしか思いつかないし。
要するに――ハインツ王子は将来的にユリアの婚約者となるのだ、きっと。そう、それでおそらくハインツ王子はユリアという婚約者がいながら、ヒロインと恋に落ちてしまうのだ。そしてそれに嫉妬したユリアはヒロインに数々の嫌がらせをし、ついには殺害を企てると――。
「はァ……」
いや。
わからんっての。
前世を思い出して十数分で既にやさぐれモードに突入したわたしは、夏風邪の名残かまだ痛みがある頭を抱え、深い溜息をついた。
そもそも、未プレイ時点で既に終わっているようなものなのだ。思索を巡らせたところで何になるというのか。
「どうしようかなあ」
なんにせよ、わたし――ユリア・ヴェッケンシュタインがゲームの中で、ハインツ王子の婚約者としてヒロインに対して悪役令嬢ムーブをしていたのはほぼ間違いないだろう。死んで当然の悪役という評判だったなら裏事情もあるまい。
そして断罪イベントで断罪され、よりにもよってユリア・ヴェッケンシュタインが処刑されることになるというのなら相当のことをしでかしたのだろう。この国において公爵家は準王族とも別称されるような権力を持つ、別格の大貴族だ。となると権力で揉み消せない大問題を引き起こしたとしか考えられない。
――でも。
「死にたくないな……」
何をすればいいのかもわからんけれども。
死にたくないなりにできることはやっておきたいとは、思う。そうだ、ハッピーエンドはいらんからせめて平穏がほしい。
――原作ミリしらのわたしにできることがあるなら、それはなんだろう。
ぱっと思いつくのは、情報や知識の収集といったところか。ある程度、世界の歴史やら貴族同士の関係やら現在の情勢に関する知識を詰め込めば、なんとか原作の流れを推測できるかもしれない。
それに、『インアビ』はあのゲーム大好き従兄がハマった乙女ゲームだ。となれば『インアビ』は、ただめくるめくラブストーリーを繰り広げるだけでなく、ある程度ストーリーや設定に作り込みがされていたゲームであるはず。わたしは前世の従兄の神作ゲームセンサーを信用している。
とすれば――まあ希望的観測だが、世界観や設定やストーリーが作り込まれているのであれば、世界の情勢に合うようにキャラクターも動くのではなかろうか。
「……ようし」
挑戦を続ける限りあなたにできないことはないのだ、とかの大王も言っている。
前進あるのみ。
「やるぞーっっ!」
「失礼致します、ユリアお嬢様」
と、その時であった。
見覚えのある召使い服の侍女が氷嚢の替えを持って――わたしがまだ寝込んだままだと思ったのだろう――ノックもそこそこに入ってきた。彼女の名前は知らない。というかユリアが覚えていないのだろう。
間の悪い侍女さんがぱちりと目を瞬く。目が合う。
彼女の視線の先にあるのは、拳を天井に突き上げたポーズ、険しい顔をしたお嬢様ことわたし。
そして侍女さんは許可を取らずに(不可抗力だが)令嬢の部屋に入ってきており、ユリアわたしは気に入らない召使いや侍女を次々とやめさせた前科を持つワガママお嬢様。
「……もっ」
侍女さんは可哀想なくらい真っ青になった。
「申し訳ございませんッッ!! すぐに出ていきますから解雇だけはお許しくださいませっ!」
「アッちょ! 待ってーー?!」
猛スピードで頭を下げ、その姿勢のまま素早く退室した侍女さんに向かって、叫ぶ。
いやわたしこれ以上ワガママムーブする気ないから!
解雇なんてしないから話を聞いて!
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