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カブは克服したと思っていたのだが……
「ミアは花街の仕事に戻りたいのか?」
ニコラの最初の質問は、ミアを困らせるものではなかった。
「――わたし、ニコラ様に恩がありますので、ニコラ様の負担になるようなことはしたくないんです。ロイさんに借金って、ニコラ様の矜持がへし折れる事でしょ? 次は家を売るだなんて、馬鹿野郎です。だからわたしは花街に戻ります――もういいですか。こんなことを知りたいなら普通に訊いてくださいよ」
「馬鹿野郎か……まあ、その通りだな。ミアの主張はよくわかる」
かなり飾り気のない言葉遣いになったが、今までミアが言っていたことと矛盾はない。
「……ミアは、本当に花街の仕事を続けたいのか? 花街の仕事が好きで、生涯の仕事にしたいと本気で思っているのか?」
それについても、ミアの答えは淀みない。
「ニコラ様、仕事について良し悪しを深く考えるのは、余裕のある人だけです。わたしなんかは、何でもやらなきゃ、食えなくて死ぬだけで――ただ、花街の仕事は長く衣食住が保証されていますから、そこが魅力です。王都に来た時に真っ先に住むところをくれたのも花街だったし、恩もあります」
過酷さの中で、ミアは貧しくとも善良であることを捨てなかった。義理堅く、ズルはしない。そうあろうとするミアを、ニコラは誇らしく思う。
「それでは、城の仕事は?」
今度の質問では、話を始めるまで、少し時間がかかった。
「……お城は、毎日楽しいです。もうすぐお城の仕事が終わってしまうのは悲しいけど、仕方ないことです。世の中には、こんな仕事もあるんですね。体が痛くなったり、暑すぎたり寒すぎたりしないし」
「それが王都の普通だ」
ミアは、仕事を楽しむことに罪悪感がある。ニコラにはそれが切ない。
「色々な人が声をかけてくれるんです。わたし、ちっとも疲れてなんかいないのに、頑張っているねって、偉いねって。あんまり楽しいから、わたし、もしかしてもう死んじゃうのかなって不安になるくらい」
「ミアは立派に城での務めを果たしている。本当に皆、心からミアの働きを称賛しているんだ。それは間違いない」
「ほんとですか? そうなら嬉しいけど」
楽しいこと、幸せなことに対するミアの恐怖心は未だに変わらずにいる。ニコラはそれが不憫でならない。
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