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「国王陛下から頻繁に直接お声をかけて頂いたり、若いお嬢様方から毎夜誘われたり、お若いのに隊を率いていたり……使用人の誰に聞いても、ニコラ様の素晴らしさしか申しませんよ」
誠実そうに見えるが、見えるだけだとか、器用だけど器用すぎて気持ち悪いとか、女性に誘われても断って帰ることに疑惑を持たれているのでは? などという心の声は今日もそっと胸にしまっておく。
ミアがいくら持ち上げても、ニコラの表情は晴れない。
「……あ、貯蓄ですか?」
びくりと震えたニコラをみて、ミアは図星をさしてしまったことを悔いた。
ニコラが払ったミアの年季代の半分は、義理の兄であるロイからの借金だった。
議論は冒頭に戻った。
「ですから、わたしに仕事をさせていただければ……」
ミアにとって花街で身を売ることは、生きるための賢い選択でしかない。
花売りは少しの間、自分の身体を誰かに貸し出す単なる労働だ。
若くて体力のあるうちに高く売っておかない手はないと思っていた。
ミアは、借金を背負って花街に来たのではない。
この国の花街は年季を勤めれば、それなりの報酬が支払われることになっている。
人攫いに怯えながら、孤児同士で身を寄せ合って生きてきた頃に比べれば、格段に生活は潤っている。ミアにとってこの国の花街は、多少の不自由があっても、衣食住を保証される待遇の良い職場だった。
「アデルア殿の事は関係ない。だいたい私は貯蓄はあまりないが、きちんと働いていて返済も滞っていない。甲斐性がないのではないのだ! だから、君を働かす必要がそもそもない。君はここにいるだけで充分なのだから、余計な心配をしないでいい!」
ニコラは真剣な顔で諭すように言う。
ニコラが気にするほど、ミアはニコラの懐事情に心配があるわけではなかった。
そもそも、法外な料金を一括で要求したのは花街のほうだ。ニコラはそれに真摯に向き合ったに過ぎない。
ニコラの家に来て、ミアは一度も飢えた事がない。
明日のパンはメイドが来て補充してくれている。
それだけで、夢のようだなとすら思える。
だから、パン代をニコラに返せない不満はあったが、不幸だった事はただの一度もなかった。
ニコラは育ちが良く善良だ。
だからこそミアの宙ぶらりんな感じは、なかなかニコラには伝わらないのだろう。
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