第1話 武者修行

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第1話 武者修行

      1 「はぁ……疲れた」  パティシエ見習いである長谷川(はせがわ)(まい)は、帰宅するなりベッドに倒れ込んだ。  おなかは空いているしお風呂にも入りたいけれど、そんな気力も体力も残っていなかった。  憧れていた洋菓子店に就職して一年、舞は一人前のパティシエになるために日々修行に励んでいる。  修行と言えば響きはいいが、実際にやっていることは華やかさのかけらもない、地味で単調な作業ばかりだ。  新人として洋菓子店に入ったばかりの頃は、店の掃除や調理器具の洗い物、片付けが主な仕事だった。  いきなりお菓子作りに携われることはないとわかっていたけれど、料理学校時代と比べて食材に触れる機会が激減して、最初の一ヵ月くらいは自分の職業がなんなのかを見失いかけた。  それでも、先輩たちがケーキやタルト、パイなどを作っている様子を間近で見ることはできたから、いつか自分もと、見習いという立場を理解することはできた。  しばらくして、初めて製造にかかわれるようになったときは、すごく嬉しかった。  それがたとえ、砂糖や小麦粉の計量だったり、ひたすら卵を割り続けることだったり、生クリームを泡立てることだったりしても、完成したものを食べる人の笑顔を想像すればつらくはなかった。  フルーツを洗ってカットするという作業を任されたときなんかは、小躍りしたい気分だった。
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