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気になる転校生
「おはよう。今日も王子様のボディガードつきで登校かい?」
私が教室に入ると、友達の井上百合香が話しかけてきた。
百合香はショートカットでスラリと背が高く、大人っぽい雰囲気の少女だった。
平均よりも小柄で、幼稚園の入園式の写真から少しも変わらないと言われるほど童顔の私は、いつも彼女をうらやましいと思っていた。
その彼女は恵まれた身長を生かして、バレー部やバスケ部に入ってもよさそうなものなのだが、実際は漫画研究会で少女漫画を描いている。
「別に、そういうわけじゃないのよ。家が隣だからたまたま一緒になるだけ。いつも言ってるでしょ」
私は鞄を置きながら、彼女に言った。
「そうは言っても、もう入学してから1年以上も経つのに、いまだにわざわざ教室まで送り届けられてくるじゃないの。山上先輩の教室は上の階でしょ」
そう言いながら、百合香は私の耳に唇を寄せて続けた。
「やっぱり、つくしの君は山上先輩なんじゃないの?名前も正臣で「まーくん」だし」
百合香がニヤリと笑った。
百合香とは高校に入学してすぐに行われた学級長を決める話し合いの時、立候補が現れないことに苛立ったらしい先生の一存で、出席番号1番の私が学級長に、2番の百合香が副学級長に決められてしまってから、何かと一緒にいるようになり、今では親友と呼べるほど仲が良かった。私達の高校では、1年生と2年生の間にはクラス替えがないので、そのまま学級長と副学級長を続けている。
それまで誰にも話したことがないつくしの思い出についても、百合香には話したことがあった。
「そうかなと思ったこともあったけど、なんとなくしっくり来ないのよね。大体、正臣兄さんのことを「まーくん」なんて呼んだことないし」
隣に住む山上家は、父の勤める病院の院長とその妻、そして一人息子の正臣の三人家族だ。
正臣の父が院長を務める山の上病院は、この辺りでは1番大きい総合病院だ。
父と山上院長は、大学で知り合い、それ以来の親友で、医師になった時に、山上院長の父、つまり、正臣の祖父が院長をしていた山の上病院で一緒に働き始めたのだった。
父と正臣の父は結婚が同時期になったこともあり、隣同士に家を建てた。
やがて、山上夫妻に正臣が生まれ、その1年後に私が生まれた。
そして、私が2歳になったころ、心臓が弱かった母が、発作で倒れ、そのまま亡くなった。
まだ小さかった私は、父が病院に出勤する時には隣の家に預けられた。小学校に上がってからも、夜に父が帰ってくるまでは隣の家で過ごした。父が夜勤の日には、隣の家に泊まった。高校生になり、さすがに泊まることはなくなったが、それでも私と正臣は本当の兄妹のように毎日を一緒に過ごしてきた。
だから、小さい頃の私は正臣を「まさにいちゃん」
と呼んでいた。中学生ごろには少しの気恥ずかしさもあり、「正臣兄さん」と呼び方を変えた。けれど、「まーくん」と呼んだことは一度もない。
「本人に聞いたらいいのに」
確かにそうなのだが、なんとなく聞けないでいた。
「まあ、どっちにしても、今の佐知にとって、山上先輩が王子様なのは変わりないんじゃない?」
百合香はからかうように言った。
「本当にそういうんじゃないのよ」
その時、チャイムが鳴った。
私の否定を聞き流して、百合香は自分の席に戻って行った。
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