ひなあなれとメロンソーダとエンダーイヤー

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 ランチタイムのファミレスのパートが終わって家に帰って洗濯物を込む。出し抜けにスマホが電話の着信を告げる。明日のシフトのことだろうか?発信者の名前をよく見ずに取ると思いがけない人だった。数年前に誰か紹介してと言われたから大学時代の女友達を何人か紹介した、同じく大学時代のバイト先の男の先輩。 「ごめん、今大丈夫?」 「忙しいけど大丈夫ですよ。おやつを食べて夕方からまた仕事ですけど」 三時間しかない中休みなので、洗濯物を片付けて夕飯の支度をしながらスマホはスピーカー。他愛もない世間話をしながら超特急で家事をこなす。エビチリと温めるだけの餃子とインスタントのスープ、サラダ、炊飯器をセット。 「でさ、誰か紹介して」 「またですか?」 呆れながらおやつのひなあなれをボリボリと食べてメロンソーダを飲む。ひなあられは、もう一つのパート先のスーパーの売れ残りを従業員割引の超特価で買った。 「頼れるのは洋子ちゃんだけだから、お願い」 相変わらず虫のイイ奴だな、もう。大昔に私を振っておいて、振った癖にちゃっかり私の女友達を何人か「つまみ食い」して修羅場になってた癖に。もう大昔過ぎて、ボリボリひなあられを食べる音を聞かれても何も思わない。 「お煎餅食べてる?」 「ブブー、ひなあられ。ディナーピークからまたパートで、社割の定食だけだとお腹が空いちゃうんですよ」 「なんかさ、すっかり主婦してるね」 「ええ。誰かと違って堅実に生きてますから」 「俺もかなり堅実だけど?」 「どこが!?紹介頼むの何人目ですか?」 「じゃあ、もう頼まない」 海人さんはちょっと拗ねたような不機嫌な声。不味い、怒らせたかな? 「パート先で独身の子に一応声は掛けてみます。ただし食い散らかさないでください、下手するとシフトに影響するんで」 「やっぱりいいや、自分で探す」 「自分で探した方が早く見つかると思います。ちぎっては投げちぎっては投げても女の子に囲まれてたんだから、海人さんは。冠婚葬祭用の貯金で結婚式のご祝儀はちゃんと貯めてあるんで、朗報待ってますよ」 適当に褒めて冷やかしておく。海人さんがうんざりするほどモテていたのは事実だけど。 「○○○○○、洋子ちゃん」 ひなあられとメロンソーダがむせて危うく窒息か誤嚥性肺炎で死にかけた。聞き間違いではなさそうだ。でも、中学レベルの英語力があればトリックは分かる。家族的な博愛的な人類愛のキリスト教的な意味だ。親しい人には会いたいと、欧米圏の人はかなりストレートに言う。海人さんは英語が得意だからきっとその癖だ。分かっていてもつい嬉しくて同じ言葉を返す。 「○○○○○。でも、私をおだてても紹介する人は出てきません」 「あれ、バレてた?」 「お腹が空きすぎてひなあられをボリボリ食べてる音が響く中で言う時点で、冗談だってすぐわかります」 「冗談ではないよ?で、紹介はいつ頃?」 「言ってる事が前半と後半で矛盾してます」 「矛盾はないって、二股得意だから」 「自分で自慢しないの、全くもう」 「じゃ、誰か見つかったら連絡よろしく」 「ハイハイ、探せばいいんですね」 「ありがとう、こっちも仕事戻るわ」 「私も。お菓子だけじゃお腹が空くから社割の定食を食べて、仕事してきます」 「紹介してくれなかったら食べに行くから」 …おい、紛らわしい奴だな…。 「あー、うちのファミレスは安い割にめちゃくちゃ美味しいですよ。いつでもどうぞ」 「変わらないね、いなすの上手いや」 「一度痛い目に遭いましたから、大学時代に」 「時が経てば解けるわだかまりもあるよ?」 「ハイハイハイハイ、そういうトークが本っ当に得意ですよね。絶対に乗りません。仕事に遅れちゃうんで、失礼します」  ほぼガチャ切りで通話を断絶して、パート先に舞い戻る。自転車を漕ぎながら、エンダーイヤーのホイットニー・ヒューストンの曲を歌っていた。どんな映画もドラマも小説も霞む程耳に残った言葉。さっきまであんなにお腹が空いていたのに、胸一杯で社割の定食を食べる気になれない。 「13年前ならいなさなかったのに、バカ」 でも、大昔に一番聞きたかった言葉が聞けた。それだけでいい。それ以上はない。仕方ないから独身の子をまた紹介してあげよう。結局上手く使われてる、苦笑いして自転車を停める。  ひなあられとメロンソーダとエンダーイヤー。花粉で大嫌いな3月が1年で一番好きな季節に変わった。さよなら、初恋の光の君。 (了) 【問題】作中の○○○○○に入る言葉を当ててください。 【回答】Xでの読者さま参加型アンケートにより、○○○○○は「会いたいね」に決定いたしました。投票してくださった皆さまありがとうございます。 (終)
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